第二十六話 真実に近付いていく

第二十七話 真実に近付いていく


 アリスは自分の部屋のベランダにいた。

 風が彼女の美しく輝く金髪を揺らす。

「最近さ、色んな事を思い出すようになってきているんだ。私ってさ、皇帝だったんだよ? 知ってた? なんか、凄いよね」

 アリスは、真横に立っているモーレックの森の守護者に話しかけている。

『そうじゃ、そもそもそなたは、いつの時代だって、大きな存在だったんじゃよ。前世があまりにも小物すぎただけで』

「小物ってひどいな……前世で私が必要とされなかったのは、魔法や精霊が不必要な世界だったから?」

『どの世界であっても不必要ではない。誰もその存在を認めなかっただけ。認めなければその恩恵は得られぬ』

「……まぁ、そうだよね……」

『……何か、不安なのか?』

 モーレックの森の守護者が聞くと、ややあってからアリスは頷いた。

「私は……いつの世でも誰かのために、何かをしていたような気がする。だけど今生では王太子妃になるでもなく……普通の生活をしているのは、どうして?」

『そういう人生のターンがあっても、よいのではないのか? 毎回、毎回誰かのためだけに生きるほうが、おかしいのではないかと、私は思うぞ――――まぁ、公爵令嬢自体が普通の生活とは言い難いがな』

「……そうだね」

 ケンジット公爵領は、エディランス王国で一、二を争う大きな領土で無いものといえば、守りの森ぐらいだった。

 モーレックの森はギリギリ領地外で、ヒルドの森もケンジット公爵領に隣接しているソクレア侯爵領内にある森だった。

 ガレリアの森は、もともとはガリレア伯爵領であったが今は、どこにも属さない(王族管轄)の領地だった。

 森が領地内にあろうがなかろうが、森の守護者や精霊がその領地を守る気がなければ、意味のないもの。ガレリアの森の守護者にも、ヒルドの森の守護者にも、モーレックの森の守護者はここ何百年と会ってないらしい。

 人間と距離を保っているように感じる、とモーレックの森の守護者が言った。

(人間に係ることで、魔力はもらえるかもしれないが……精霊だって魔力は持っているだろうし……モーレックの森の守護者は、僕の魔力が欲しいみたいだけど)

 人間とは係わらない、という選択は正しいと思える。

 いいように扱われるのは、精霊だって不本意だろう。

 ヘレナのくだらない命令は、モーレックの森の守護者のプライドを傷つけてはいないかといつも思っている。

(精霊の力を扇風機代わりに使うとか、ないよなー)

 ヘレナは、いつ、どんなときでも他人を見下してくる。

 世界は自分だけのものだと――――どんな立場でも、思えるのだからある意味凄い。

 ルートヴィッヒと初めて会ってからしばらくは、どこかで彼に会うたび、べったりだった。

 それを変えざるを得なくなったのは、フレデリック王太子からの婚約の申し込みだ。

(確かに、ヘレナは美しいが……フレデリック王太子があそこまで惚れ込むなんて……不思議だよな)

 王太子妃は、ゆくゆくは王妃となる立場だ。

 フレデリック王太子の彼女に対する対応を見ていると、将来が不安になる。

「アリス様、ルートヴィッヒ様とアルバート様がお見えです」

 リリーが呼びに来る。

「もういらしていたのね、呼んでくれれば、お出迎えをしたのに」

「アリス様のお体をお思いになって、お二人ともお出迎えはお断りになったのですよ」

 リリーがにっこりと笑った。

『優しいのぉ』

 モーレックの森の守護者は、ニヤニヤと笑いながら、すぅっと消えていった。

「……そんなにルートヴィッヒの精獣が怖いの?」

 言われっぱなしは癪に障るので、アリスが言うと、どこからともなくモーレックの森の守護者の声がした。

『相対する属性のものの恐ろしさを、そなたもそのうちわかるようになる!』

 ちょっと怒った感じで精霊が言うのが、なんだかおかしかった。

 変わった性格(精霊だから?)だが、可愛いところもある。

 自分を守ってくれているのが、モーレックの森の守護者でよかったと思った。

(でも、僕の中には闇の精霊もいるんだよな……)

 ドレスの裾を翻し、アリスはリリーの後について歩き、食事の間へ向かった。

 食事の間に入ると、ケンジット公以外着席している。

「お待たせしてしまい、申し訳ございません」

「体調はもう大丈夫なのかい?」

 アルバートが陽気に聞いてくる。

「ええ、まだ完璧とまではいかないけれど、だいじょうぶ」

「それはよかった」

 明るいアルバートに比べると、ルートヴィッヒの表情がいつもより硬く見えてしまう。

(……どうかしたのかな)

 彼らしくない----と思えた。

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