第二十三話 恨まれる理由

第二十三話 恨まれる理由


「ガリレア伯爵令息は、私が……その……前世の義理の息子だということは知っているの?」

 アリスが恐る恐る精霊に聞く。

「まだ知らぬだろう」

「知らないのに、私を憎んでいるの? 呪いをかけずにはいられないほどに」

 何故そんな風に、悪意をむけられなければならないのか。

 アリスはぞっとした。

 ――――そう、現世での彼は、前世よりもはっきりとした悪意をもってアリスを見ている。気まぐれに殴ったり、虫の居所が悪いから殴るといったものではなく、彼は、はっきりとアリスを憎んでいるのだ。

 モーレックの森の守護者よりも先にアリスを見つけ出し、精霊が彼女に祝福を与える前に、呪いをかけるほどに。

 もうぼんやりとしか思い出せない前世の義理の父のことを考えた。

(二度と会いたくないと思っていたのに、会ったら会ったで、またわけもわからずに憎まれているのか)

 ガリレア伯爵令嬢(ヘレナ)も関係している?

 彼女のほうが、アリスよりも二か月ほど早く生まれている。

(わからない……なんでだ。なんでなんだよ……)

 死ぬことで、義理の父やあの家族との関係が断ち切れたと思っていたのに、よりにもよって義理の父が同じ世界に転生していて、妹も転生しているだなんて。

 ――――ついてない。

 なんて笑えるレベルのものではない。

 魔法が使えなくても、精霊の祝福を受けなくても、静かに普通の生活を送りたかったのに。

「精霊はヘレナがこの世に生まれてきたことを知っていたのか?」

 思わず、男言葉の強い口調になってしまう。

 精霊は言いにくそうに答えた。

『知っていた。モルベルトが義理の父親であることも、ヘレナが妹だということも』

「じゃあなんでこの世界に僕を呼んだんだよ! 最悪じゃないか! あの男がどうして僕を殺したのか知っているか? 妹が妊娠した理由が、僕がレイプしたからだって勝手に妄想して、僕の話なんて聞いてもらえずに、一方的に殴られて、僕は死んだんだ! 前世で僕の死に係わった人間がふたりも同じ世界にいるなんて、ぞっとする! いっそ今すぐ死んだほうがましだ!」

『あ、アリス……落ち着け……』

「精霊の祝福がいったい何の役に立つ? そんなにみんな僕を苦しめたいのか!」

 アリスの体が虹色に輝いて、膝をついて倒れるのをふいに姿を表したルートヴィッヒが抱きとめた。

 そんな彼の胸をアリスの腕が押す。

 無表情の彼女が、すっと立ち上がった。

『これ以上は彼女の精神が持たない――――よって、われが入れ替わった。我は闇の精霊。彼女にかけられた呪いが進まぬよう、ずっと彼女の中にいた』

『闇の精霊? まったく気が付かなかった……』

 モーレックの森の守護者が言うと、闇の精霊は小さく息を吐いた。

『彼女は、普通で――――静かに暮らすことを望んでいた。精霊の祝福だの魔法使いだの……そんな力を持たされて、国の宝と呼ばれることなんて望んでなんかいなかった。普通の町娘で……食うに困らぬ程度の生活でも、次の転生では恋を知って、人としての感情を知りたかっただろう、おそらくは』

 残念そうに闇の精霊が言うものだから、モーレックの森の守護者は肩を落とした。

『アリスがそんな風に思っていたなんて……』

『いや、そう考えていたんじゃないかっていう、我の想像だ』

「想像かよ……」

 アルバートは大きく息を吐いた。

「……普通の生活を経験して――――恋をしてか。アリスは、俺をなんとも思ってくれてなかったってことか」

「……」

 ルートヴィッヒも黙り込んだ。

『そなたらのことは、最初から親が勝手に決めた婚約者候補っていうのが、よろしくなかったようだな。アリスの立場で考えれば、公爵家に言われて、婚約話を断れなかったのだろうと思うのが自然だろう。どれだけそなたたちがアリスに本気であったとしても、本人に伝わっていなければ、全てが無駄な努力だ。彼女を守るために、命がけでイフリートと精霊の契約を交わしていたとしても。アリスは生まれた時から精霊の祝福を受けている身だ。契約の重さなど、想像できないだろう』

「私のことは、私が勝手にしたことだ。それで彼女にどうこう思ってもらおうなどと考えていない」

『……そういうところなんだ。命がけで彼女を救いたいと思っているのに、思うだけで終わっている。彼女の琴線に触れることなく……愛だの恋だのという感情は、芽生えるのか?』

「……だが、彼女は……私が命がけの契約をしているなんて知ったら――――きっと悲しむだろう。責任すら感じるだろう」

『そうだな、アリスは……優しい……だから、せめて今生では幸せになってもらいたかった。それは――――彼女にとって、余計なことだったのかの……私は……とても悲しく思う』

 モーレックの森の守護者の瞳から、透明でキラキラと輝く涙が零れ落ちた。

 いつもの嘘泣きの涙とは違うものだった。

『……アリスも、動揺したんだろう。ただ、前世での関係者がいないところがいい、というのは本音だろう。そなたの力でどうにもならないことであったとしても――――アリスの輪廻転生には、必ず邪魔者がついて回る。これから先も……それを彼女に話すには酷だな』

 闇の精霊がぽつりと言うと、ルートヴィッヒが聞いた。

「彼らとの悪縁を断ち切る方法はないのか?」

『――――悪縁。そうだな……断ち切る方法はあるのかもしれぬが……彼のアリスへの執着は凄まじい。ヘレナは毎回、巻き込まれているクチなのかもしれぬ』

「……あいつがアリスに執着?」

 アルバートはわけがわからないといった風に肩をすくめた。

「モルベルトもそうだけどよ……ルートヴィッヒもいつの間に戻ってきたんだよ。魔導石のほうは大丈夫なのかよ」

「魔導石はここに」

 イフリートの赤い光で包まれた魔導石が、ルートヴィッヒの掌から現れた。

「……以前から薄々感じていたことではあったんだが」

「なんだよ?」

「ケンジット公に尋ねればならぬことだが、三人目の婚約者候補は、モルベルトではないように思えていて……」

 ルートヴィッヒはアリスの姿をしている闇の精霊を見る。

「イフリートの力を手にしてから、強い違和感をアリスに覚えていた。まさか、彼女の中に精霊がいるとは思っても見なかったが……」 

『我はケンジット公の精霊だ。常にアリスを守るよう命を受けている……くだらない執着心とやらでアリスを殺させはしない』

 アリスの体は再び光り輝いた。

『……ひとまず、アリスの屋敷に戻ろう。体を休めたい』

 


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