第十九話 ヘレナはどこに??
その日は朝から王宮内が大騒ぎだった。
なにせ、罰を受けローレライ塔に幽閉されていたガリレア伯爵令嬢(ヘレナ)がいなくなったのだから。
「ヘレナがいなくなったとは、いったいどういうことだ」
「――――朝、メイドが食事を給仕に行ったところ、部屋がもぬけの殻でございまして……」
「ローレライ塔から抜け出すことなんて不可能だろう? あそこには結界が張られていて魔力を持ったものでも出られないのに」
フレデリック王太子は顔色を青くして、椅子に腰掛けた。
「何が起きたんだ……」
「ガリレア伯爵もご存知ないそうで……」
「兄のモルベルトもか?」
「は、はい」
――――知っていても知らないと言いそうだ。と、疑いをモルベルトに向けたが、幽閉中の妹を塔から出す利点が何一つない。
形ばかりの幽閉だというのは、誰もがわかっていること。
ほんの数日、ローレライ塔で大人しくしていてくれればよかったのに、その数日が我慢できなかったのか。と、失望感を覚えていた。
(いや、まて。冷静になれ)
いくらヘレナが我が強いとはいえ、魔力を持たない彼女が結界の外に出られる筈がない。
(いったいどこに行ってしまったんだ)
フレデリック王太子は頭を抱えた。
一方、魔法研究所内には、白けた空気が漂っていた。
「ローレライ塔から逃げ出すなんてありえない」
「ちょっとの我慢もできないのか」
「なんで罰を受けているのかも、わかってなさそう」
ヒソヒソと小さな声で研究員たちが話をしていた。
「もし、自分であそこから出たんだとしたら、賢者クラスだぞ?」
アルバートがそう言うと、「じゃあ、なんでいないんですか?」と研究員が言った。
「そうなんだよなぁ……」
「ガリレア伯爵令嬢が精霊の祝福を受けていたということはないんですか?」
「え? あのお嬢様が? 聞いたこと無いけどなぁ」
アリスは少し考えてから口を開く。
「精霊さん、何か知らない?」
ふわりと姿を表した精霊は退屈そうに欠伸をした。
『いくら私が何でもできるとはいっても、何でもかんでも知っているというものではないぞ』
「……それもそうよねぇ……」
『知りたいなら、調べてやるぞ』
精霊が目をキラキラさせた。
「うーん、そうね」
「アリス、なんでも首を突っ込んでいたら、君の魔力が持たないぞ。今のところは、静観しておこう。先回りして動く必要はない。お願いされたら対価として領地の一つや二つ、頂いてもいいくらいだ」
「……領地か」
それまで黙っていたルートヴィッヒがぽつりと呟いた。
「なに? それぐらい頂いて当然じゃね? 魔力は生命力みたいなものなんだからさ」
「あぁ、領地を頂くことに異議はない」
「……まさか、もう、どこら辺をいただこうかとか考えているとか?」
「そうだな。アリスの有利になるような場所がいいからな」
『だったら、ソクレア侯爵領内にあるヒルドの森あたりをいただくのがおすすめだな』
ポリポリとクッキーを食べながら、精霊が言う。
「あーっ! 何お前! クッキー食ってんだよ! しかもそれ、マルティンが作ったやつじゃねーの!」
アルバートが叫ぶと、精霊がフォフォフォと笑った。
『クッキーくらい魔法で隠せんでどうする。もともとこちらが頂いたものだしのぉ』
「おまえがもらったもんじゃねーだろ」
アルバートが頭を抱えると、アリスがそっと両手を差し出す。
薄っすらとした光の中から、マカデミアナッツのクッキーが現れた。
「い、いけませんでしたかね」
「アリス、意外とちゃっかりしているんだな」
『ちゃっかりではない、当然のことじゃ。おまえたちがのんびりしているほうが、私からしたら驚きだ』
「よかったら、アルバートも食べてください」
苦笑いをしながら言うアリスに、アルバートは微笑んだ。
「いいよ、いいよ。アリスが食べな。言うなれば戦利品だからな」
「あ、沢山有るんで」
テーブルの上で手をかざすと、そこから大量のクッキーが出てきた。
「どんだけ隠し持ってんだよ!」
「……隠し、持つ……か」
ルートヴィッヒがまたぽつりと言う。
「さすがに人間をクッキーと同じようにして隠せないし、隠してから転移魔法を使うにも、結界をとくなり別の方法を使うなりしなければならないだろう……」
「謎だらけだな」
ちゃっかりマカデミアナッツのクッキーを食べながら、アルバートは首を傾げていた。
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