第十五話 得意なのは恋より魔法?

アルバートからもらった魔法石付きのペンダントのお陰で、アリスの身体の動きは、少なくとも三倍は素早くなっていた。魔法も、以前は立っている状態で詠唱しなければ発動できなかったが、今では宙返りをしながらでも扱うことができるようになっていた。


「騎士団の中でも、アリスほど動ける人間はいないんじゃないか?」


 と、アルバートは感心したように言った。


「大げさですよ、アルバート」


 アリスの男性告白事件(?)以降、魔法や弓の訓練のときは、ドレスを着なくなった。それだけでも大いに身体は動かしやすかった。


 アリスは騎士団の中でも女性が着用する制服を、借りて着ていた。


「そろそろ休憩にしよう」


 懐中時計に目を落としてアルバートが言うと、アリスは不満げな表情をした。


「まだ大丈夫ですよ」


「だーめ。君は忘れているのかもしれないけど、アリスの心臓には呪いの棘が刺さっているんだよ?」


「……あー……そう、でしたね」


 アリスは本当に呪いのことは忘れてしまう時がある。まったく記憶から抹消されているわけではないのだが。


(……きっと、何か理由がありそうだけど……)


 アリスにまつわる色々がありすぎて、彼女自身、整理できていない。


 社交界デビューが無事に済んだら、婚約式があって、結婚のための準備をして――――となっていくものだと思っていたのに、実は呪いをかけられていました――――とか。


(僕の人生って、とことん……まともじゃないよなぁ)


 それでも前世よりいい。背中を丸めて身体を小さくして、暴力が収まるのをただじっと我慢しているよりは今の方がいい。


(戦って、それで負けて死んでも、僕は何の悔いもここには残さないだろう)


「四阿あずまやにお茶を用意させるから、そっちに行こう」


 アルバートは自然な仕草で、アリスに手を差し出してくる。


 アリスはにっこりと微笑んで、彼の手の上に自分の手を乗せた。




「そうそう、この後の弓の訓練なんだけど、ルートヴィッヒに野暮用があってさ、代わりの人間が訓練につきあってくれるそうだ」


「……あぁ、そうなんですね」


「……」


 そっけないアリスの返事に、アルバートはじぃっと彼女を見てくる。


「な、なんですか?」


「気にならない? ルートヴィッヒの野暮用」


「え? あ、はぁ……?」


 アリスは頭の中で“野暮用”の意味を考えた。


 野暮用=どうでもいい用事


(どうでもいい用事……取るに足らないつまらない用事……他に意味は……)


 アリスがウンウン唸っていると、アルバートがため息をついた。


「また呼び出されたんだよ、フレデリック殿下に」


「……殿下に呼び出されたのであれば、野暮用ではないのでは?」


「呼び出した張本人がフレデリック殿下ならね」


「……?」


「アリスって、前世においても恋愛関係疎かったりした?」


「え!? れ、恋愛? それどころじゃなかったですよ。自分の年齢=彼女いない歴ですから」


 この言い方で通じるのか? とアリスが首を傾げたところで、アルバートが嬉しそうに笑った。


「そうか! 彼女がいなかったのかぁ」


「……なんで嬉しそうなんですか……」


「いや、大先輩だったら嫌だなぁと思っていたりして」


「なんのですか」


「恋愛関係の」


「……そんなの、ないですよ。そうでなくても人間不信なのに」


 アルバートがふっと真面目な顔になった。


「例の、父親のせいで?」


「人間不信の理由は父親でしたけど……私が苦しんでいるのを、周りが助けてくれなかったことのほうが、大きいかもですね。だから、あの場所から逃げ出そうとも考えられなかったし。逃げても無駄っていうのがあったから」


 アリスは寂しげにふっと笑う。


「転生するなら、次は人間は絶対嫌だったのにな----」


「アリス……」


「なーんて、言ったら、モーレックの森の守護者が泣きますよね」


 サクッとバターがたっぷり使われたクッキーを、一口食べる。


 甘くて、美味しい。そんな感覚もあの頃はあったろうか?


「美味しいか?」


 アルバートが聞いてきたので、アリスは頷いた。


「凄く美味しいです」


 アルバートと微笑み合っていると、アリスは人間も悪くないな、と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る