第十四話 本当のことは理解しがたいもの(が、たくさんすぎて整理できない)

 夜会に呼ばれた令嬢たちが使うことが許されている一室に、ルートヴィッヒに抱えられたままのアリスは入室した。


 メイドたちが恭しく頭を下げて、お茶の用意をしている。


(胸が痛い)


 これまで感情の起伏がなかった分、この世界ではあれこれと事件が起きすぎて、心臓がもちそうにない。


 ――――彼らはいったいどう思うだろうか。父は……どう思うだろうか。きっと失望させる。そう思うと、口が重くなった。


 紅茶が淹れ終わった頃、ルートヴィッヒが人払いをした。


『扉のところは、私の小さな精霊を置いておこう』


 ふわっと姿を表したモーレックの森の守護者が、そう言って豪奢なソファーに腰掛ける。


「君が話したいことを、聞こうか」


 いつも通りの落ち着いた静かな声で、ルートヴィッヒが聞いてくる。


「……はい、そ、そうですね、その……」


 どこからどんな風に話せば良いのだろうか。


 話術に長けていない彼女は悩んだ。


「好きなように話せばいいよ?」


 アルバートはにっこりと笑った。アリスの性格をわかっているからこそ、そう言ってくれるのだろう……だが、その優しさが、逆に胸を痛くする。


「……私は、皆さんを……その、結果的に、騙しているのです」


「騙す、とは?」


 優雅に足を組み、紅茶を飲みながらルートヴィッヒが尋ねてきた。


「そ、その……私は、前回の“願い”で、アリスの記憶を取り戻しました。ですが、アリスの記憶――――と言いますか、アリスの人格以外にも、私にはあるんです」


「アリス以外の人格?」


 音を立てずにカップをソーサーに戻す。こんなときでもルートヴィッヒの所作は美しかった。


「アリス以外の名前――――とかは覚えてはいないんですが、前世の記憶がそのまま残っていて……その、私が転生者だという話は、聞かれているかとは思うのですが」


 アリスは、ふぅっと大きく息を吐いた。


「その、転生者である、私----は、男なんです」


「男の子……?」


 アルバートは目を丸くさせた。


「あ、二十三歳位なので、男の子というよりは成人男性です」


「お、俺より年上……」


 何にショックを受けているのかわからないが、アルバートは項垂うなだれた。


 ルートヴィッヒは相変わらず、涼し気な表情で、驚くでもなく、戸惑っているわけでもなさそうだった。


 そして精霊はクッキーを食べつつ、愉快そうな表情を浮べていた。


『で、どうする?』


 彼女の言葉に、アルバートは弾かれたように顔を上げた。


「そんな、さすがに、すぐどうするとか言われても……」


 アルバートの動揺が、アリスの胸を締め付けた。


 こんなにいい人を、自分は困らせてしまっている。


「……ごめんなさい……アルバート」


「あー……う、ん。俺も、ごめん……すぐにはちょっと……受け入れられそうにない」


「……当然ですよね」


 と、いったふたりのやりとりを見ていたルートヴィッヒは、ふふっと笑った。


「では、実質、婚約者候補は私一人、ということでいいのかな」


 堂々たる声が、部屋の中に響き渡る。


「「え」」


 アリスとアルバートが同時に声を上げる。


「ルートヴィッヒ、私の中身は男性なんですよ」


「君がそう言うのだから、そうなのだろうね」


「そんな私が、ルートヴィッヒにふさわしいわけがないじゃないですか」


「今回の大事な話というのは、ふさわしいとかふさわしくないとか、そういう話しだったか?」


「……い、いえ、私が……その男の部分もあって――――」


「私は、一向に構わないけどね。私の運命は生まれた瞬間から決まっているようなものだし」


「それって……仕方ないって言っているんですよね?」


 アリスの眦に涙が滲むと、ルートヴィッヒが魅惑的に微笑んだ。


「私が生まれた瞬間から、運命の相手は決まっていた、と言ったんだ。アリス、君が私の運命の相手だ」


 アルバートは何か言いたげだったが、迷った挙げ句、口を開かなかった。


 彼の中の葛藤が、アリスへの気持ちに追いつけていなかった。


が、しかし。


 ――――ガタン!


 やっぱり行動に移し、アルバートは立ち上がった。


「ちょっとだけ、待ってくれ! 俺だって、アリスのことは運命の相手だってずっと思っていた。だけど、急な話で驚いてしまって……けしてアリスを嫌いになったとか、そんなんじゃない。俺だってアリスが好きなんだ」


「……私は、彼女を心の底から愛している」


「お、俺だって----」


『変な張り合いはとりあえずここではおやめ。気持ちは、はなからわかっている。だからこそ、君たちは選ばれたのだから。一人、例外はいるけれど』


 ルートヴィッヒは深く頷いた。


「アリスのことも、勿論、一大事ではあるが、モルベルト家の人間が魔力を持っていることもきがかりだ。下手をすると、魔力があるのはモルベルトだけではなく、ガリレア伯爵令嬢も“そう”なのかもしれないしな。何故、魔力を持っていながら、黙っていたのかが不気味だ」


『……ガレリアの森のこともあるからな。下手をするとあそこから魔導石をとれないかもしれぬ』


「……もしもそうだとしたら、他に方法はあるのか?」


『今は思いつかん』


「……そうか」


 話は不穏な方向にいってしまったが、改めて、アリスが男であるという話を蒸し返す気にはなれなくて、彼女は黙って皆の話を聞いているしかなかった。


(僕が男であるという話は、もしかしたら……些細な事なのかな)


 などとアリスが勘違いするほどに、彼女の話はスルーされていた。






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