第十二話 ほろ苦い思い
「わぁ! 今夜のアリスもまた一段と綺麗だねぇ」
のほほんとした口調で、アルバートが言う。
「アルバートもとても素敵ですよ」
ルートヴィッヒかアルバートか、どちらがアリスのエスコートをするかはあらかじめ決めてなかった為、先にアリスと出会ったアルバートが彼女のエスコートをすることになった。
「今夜はラッキーだったな」
「ラッキー?」
「ルートヴィッヒはフレデリック殿下に呼ばれて、別の宮殿にいるんだよ。お陰で俺が君のエスコートができる」
「あ、そうだったんですか……王族主催の夜会なのに、別の宮殿に呼ばれるなんてことがあるんですね」
「フレデリック殿下はガリレア伯爵令嬢に甘いからなぁ」
アルバートは苦笑した。ガリレア伯爵令嬢というのはモルベルトの妹、ヘレナのことである。
「……その、甘い、というのは?」
その話とルートヴィッヒがどう関係があるのだろうかと感じた。
「そうだねぇ、君ももうすぐ十六歳になるし、隠しておいてもいずれわかってしまうだろうから言っておこうかな。ガリレア伯爵令嬢はルートヴィッヒにぞっこんなのさ」
「ぞっこん」
アリスはぽかんとしてしまった。
「で、でも、ガリレア伯爵令嬢はフレデリック殿下の婚約者で……」
「なんでも、フレデリック殿下が求婚する前からルートヴィッヒを好きだったみたいなんだよね」
声を少し小さくしてから、アルバートが言う。
「ルートヴィッヒ様も、ガリレア伯爵令嬢がお好きなのですか?」
アリスが聞くと、アルバートがくくっと笑った。
「さすがにそれは鈍いよアリス……そんなわけないじゃん」
「でも、今夜だって」
「未来の国王の命令に逆らえる貴族は、この国にはいないよ」
「そうでしょうけど……」
胸の中がもやもやとした。
(なんだ? この感じは)
胸の奥の方にある“核”となるような部分が、ぴりぴりとする。今ならグレイトスラッシュを全発、的まとに当てられる気がする。
「あ、アリス? 顔が凄く怖いんだけど」
「きっと、気の所為です」
にーっこりと精一杯の作り笑いをした。
アルバートにエスコートされてついた大きなホールでは、綺麗な色のドレスを着た少女たちが蝶々のようにダンスを踊っていた。
綺麗だなぁと思っても、胸がときめいたりしないのは、現世では女性の身体だからなのか?
「アリス、一曲踊ろう」
「ええ」
ドレスの裾を翻し、アリスはアルバートのエスコートでダンスを踊った。
アルバートとは気が合うのか、一緒にいると楽しい。
魔法の話も一日中だってしていられる。
彼との魔法の研究だって楽しい。
(一生の伴侶なんて、どうやって決めれば良いんだよ)
そもそも、前世の母親は再婚しているわけだし……。
「……アルバートは、私の婚約者候補にされて、嫌ではないの?」
率直にアリスが聞くと、アルバートは笑った。
「政治的な意味では、ケンジット公の愛娘を欲しがらない貴族はいないと思うよ」
「私は、あなたの意見を聞いているのだけど」
「やっぱり、鈍感なんだよねぇ」
くるりとターンをするタイミングで、アルバートはアリスを抱きしめた。思いの外彼の身体が逞しくてどきりとさせられる。
「初めて婚約者候補として君に紹介されたときからずっと、俺は君のことが好きだよ」
「――――好き?」
「あぁ」
好き。なんて心地の良い言葉なのだろう。
たった二文字の言葉を前世では与えられず、虐待に耐えることしかできなかった。
(……僕は諦めてしまっていた。好かれたいという気持ちを)
ただただ、親の顔色を伺って、不機嫌にさせないようにすることがあのときの精一杯だった。
「だから、君が誰を選ぼうとも、僕は君の呪いを絶対に解いてみせるよ」
「……ありがとう、アルバート」
「君を不幸になんてさせない」
「……うん、ありがとう……」
初めて抱きしめた華奢な少女の身体が、アルバートの庇護欲をかきたてていた。そんな感情も彼自身、初めてのことだった。
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