第十一話 お世継ぎって?
「どのドレスが宜しいでしょうか」
リリーがウキウキした様子で、沢山のドレスをアリスの部屋の中に持ち込んでこませてくる。
「グリーンのシフォン生地が美しいドレスも、それこそ妖精のようで、良いですわねぇ」
今夜は、社交界デビューを控える令息や令嬢たちを集めた、王族主催のパーティがあるのだ。
毎年、予行練習のように人を集めて顔合わせをするようにしていた。
もちろん、社交界デビューを済ませた貴族たちも集まってくる。
「緊張するわね……これが本番だったら、もっと緊張するんでしょうね」
アリスの言葉に、リリーはふふっと笑う。
「お嬢様には、ローゼン公爵のご子息ルートヴィッヒやモーリア伯爵のご令息アルバートがいらっしゃいますから、なんの心配もございませんよ」
「う、うん……そうね」
壁の花になる心配はないのだろうけれど----。
(モルベルト様も来るのかな……来るよなぁ……ヘレナ嬢も来るのだろうし……)
「あんまり緊張なさらずに! あくまでも予行練習だと思っていただければ!」
と、リリーが言う割には、全く説得力のないほど、部屋いっぱいにあるドレスの量とペンダントの量に、アリスはため息がでた。
(前世ではスーツも数着、ネクタイも数本しか持ってなかったからなぁ……)
腕時計も初めてのボーナスで買った、ちょっと名の通ったブランドのもので気に入っていた。
(頑張った自分へのご褒美の時計だったなぁ……。捨てられちゃったかな)
『うふ、うふふふふ』
キラキラキラっと無駄に輝きながら、モーレックの森の守護者が姿を表した。
『何か、私に望みがあるでしょう?』
実に嬉しそうに彼女は言う。
本来とても美人な精霊なのだろうけれども、変わった表情ばかりするので、少々残念な感じになっているのが勿体ない。
「望み?」
『時計、時計ですわよ』
「……精霊って、私の考えもわかってしまうの?」
『いやぁん、そんな気持ち悪そうな顔をしないでくださいよぉ。主あるじの望むことを叶えるためにはそういった能力も、必要でしょう?』
「はぁ……」
とはいっても、少なくとも十六年以上も前の話だ。
それに今夜は王族主催の夜会がある。魔力を失い、倒れて穴をあけるわけにはいかない。
「今夜はやめておくわ」
『……思い出深い、ものなのですね』
ふいに、優しげな表情で精霊がこちらを見るから、くすぐったい気持ちになった。
「まぁね。そういうのは、読めないのね?」
『何か望んでそうなことには、アンテナを立ててますが、それ以外のことはまったく』
「……」
確かにあの時代の自分には、とても大事なものだった。
だが、今の自分にはどうだろう。
昔のことは、思い出すたび胸が痛くなる。
「ごめん、やっぱり、時計は止めておく」
『そうですか』
精霊はあっさりとひいて姿を消した。
(そうだよな……彼女は何もかも知っていて、僕をこの世界に招いてくれたんだ……)
「お嬢様、これはいかがでしょう!」
水色の生地に小さな宝石がいくつも縫い付けられている豪奢なドレスを、リリーは選んだ。
「素敵ね」
「このドレスに合う、サファイアのティアラと、ネックレス、イヤリングを大至急用意して」
メイドたちがバタバタと動き回っている。
(それでも、どこかみんな優雅なんだよなぁ……)
バタバタしているとはいえ、蝶々がひらひらと舞うような動きなのだ。
公爵家のメイドともなれば、誰でもなれるわけでもなく、リリークラスになると子爵家の令嬢らしかった。いかに階級の高い家に奉仕するか、ということがこの国ではとても重要なことらしかった。
貴族が領地を治め、平民を食べさせる。のは当然の責務。
ただそこに交わりは一点もゆるされず、どんなに愛し合おうが貴族と平民の結婚はご法度らしかった。結婚が許されるとするならば、貴族がその地位を捨てて、平民になること。それを貴賤結婚というらしかった。
(この世界は、新しいのか古いのかよくわからないな)
――――考えた所で仕方がない。生まれた時から、運命の歯車は回り続ける。どんなに足掻こうが、そこから逃げ出すことなどできはしないと、自分が一番良く知っている筈だろう。
コルセットをぎゅうぎゅうに巻付けられて、幾重にもパニエをはかされ、アリスはフラフラになりながら(今がまさにそうだ!)とちらりと思っていた。
「あぁ、お嬢様、とても素敵ですわ」
化粧も施し終わり、大きな鏡の前に立たされると、見目麗しい少女がそこに立っていた。
(アリスって本当に美人だよなぁ……)
傾国美女けいこくのびじょとは、彼女のことではないかと思ったりしたが、幸いにもこの国のフレデリック王太子は、ガリレア伯爵令嬢のヘレナ・セイラスを溺愛している。
セイラス家の思惑はともかく、こちら側に王太子妃の役回りがこないなら、それにこしたことはない。
(僕に王太子妃なんて無理だし――――)
お世継ぎ騒動に巻き込まれるのはごめんだ。と思ったが、それはルートヴィッヒでもアルバートでも同じような気がした。
(世継ぎ――――)
ボワッと顔が一気に赤くなった。
いやいや、ちょっと待て、今更だが、世継ぎ、とか自分には無理じゃないかと考えた。
(あのふたりのうちのどちらかと、す、するのか?)※モルベルトのことは完全に除外されている※
「お嬢様、顔が赤いですが大丈夫ですか? ちょっとコルセットをつけるのを頑張りすぎてしまいましたでしょうか?」
リリーが心配して聞いてくる。
「いや、あの……だ、大丈夫」
アリスはパタパタと青色が美しい扇を仰いで、顔を冷やした。
「お嬢様、馬車の用意が整いました」
「――――わかりました」
アリスは優雅にドレスの裾をさばいて、今まで頭の中にあったことは、どこか遠いところにぶんなげた。
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