第八話 嫉妬の炎は赤い薔薇の如く?
――――とはいえ、アリスたちがすぐにガレリアの森に旅立てるという状況ではなかった。
社交界デビューの日が一ヶ月後に迫っていたため、アリスは魔法の練習の傍ら、ダンスの特訓や礼儀作法のおさらいをしなければならない。
その他にも、飛ばす魔法の精度を上げるために、弓の練習も始めていた。集中力を高めることができる。
弓に関しては、ルートヴィッヒが見てくれている。
「弓を持つ君は、神秘的にみえるな」
「神聖なものなんです、私の中では」
弓を引く瞬間、ペンダントの魔導石がキラリと光る。まるで力を貸してくれているみたいだとアリスは思った。
中央の的を射抜くと、どこからか拍手が聞こえてくる。
アリスが振り返ろうとすると、ルートヴィッヒがまるで来訪者からアリスを隠すようにして、彼女の前に立った。
「これはこれは、フレデリック殿下とガリレア伯爵令嬢」
深々と頭を下げるルートヴィッヒだったが、敬意を表している――――というようには見えなかった。アリスも静かに頭をさげる。
「ケンジット公爵令嬢は、弓の腕前も一流なのだな。素晴らしいね」
ガリレア伯爵令嬢というのはモルベルトの妹のヘレナ・セイラスのことで、ケンジット公の令嬢というのはアリスのことだ。婚約者のいる女性に対し、名前で呼ぶのはマナー違反らしい。
(とはいえ、アリスはまだ正式な婚約者はいないのだけれど)
ヘレナは羽の付いた扇を緩やかに仰ぎながら、アリスを見てくる。
「私、ケンジット公爵令嬢はアルバート・ランセル様と懇意になさっているのかと思っていたのですが、ルートヴィッヒ・ミゲル様とも仲良くなさりたいのですねぇ」
「ヘレナ、よしなさい」
「フレデリック殿下、最近また少し宮殿内が暑いようですから、ケンジット公爵令嬢に涼しくして頂いてはいかがでしょう?」
ちら、とヘレナがアリスを見てくる。
あぁ、こうやって精霊を使い倒していたのか、とアリスは思った。
「失礼ながら、社交界デビューの日も近いことですし、アリスについている精霊はモーレックの森の守護者だということを、そろそろ考慮していただきたいのですが。そうでなくても数の少ない精霊たちなのですから、無意味に使うのはいかがかと」
「うむ、そうだな」
「では、なにか無意味ではないことで精霊を使えばよろしいのではなくて?」
ルートヴィッヒはその“何か”の提案を聞き入れるつもりはないらしく、張り付いた笑顔のままでこう言った。
「ガリレア伯爵令嬢はお妃教育でお忙しいと聞いております。精霊のことは別のものに任せてもよろしいのでは?」
丁寧な言い方ではあったが、おまえが口出しするなというようにアリスには聞こえて、内心ヒヤヒヤした。怒声でも飛んでくるかと思っていたが、ヘレナは静かに俯いた。
「そ、そろそろ我々は失礼するよ。がんばりたまえ」
フレデリック殿下はヘレナの腰に手を回し、その場を離れていった。
「……大丈夫なんですか? あのような言い方をなさって……」
ややあってからアリスが口を開くと、ルートヴィッヒは苦笑した。
「ガリレア伯爵令嬢が王太子妃に適任でないのはフレデリック殿下もわかってはいるんだ。だけど、もういいかげん、こちらにとばっちりがくるのはやめさせないといけない」
「少し不思議に思ったことがあるのですが」
「うん? なんだろう」
「ガリレア伯爵領の名称と、ガレリアの森の名称が似通っているのは偶然ですか?」
「あぁ、それか」
弓と矢を片付けながら、ルートヴィッヒは説明をし始める。
「昔はガレリアの森はガレリア領主の管理下にあったのだけど、セイラス家には魔道士の養子を入れても魔法を使える人間が誕生することがなく、ついには、ガレリアの森は誰も管理できなくなった。そのとき、名称変更があって、ガレリア伯爵からガリレア伯爵に変わったんだよ」
「モーレックの森のように、守護者はいないのですか?」
「昔はいたみたいだが……今は聞かないな。モーレックの森の守護者も、その件は知らないみたいだし」
「……そうだったんですね」
「ところで、だ」
「はい?」
ルートヴィッヒが腕を組んでアリスを見下ろしてきた。
「お父様に指輪の許しは得たのか?」
「え? 指輪ですか?」
なんの話だったかと考えていると、ルートヴィッヒはその腕の中にアリスを閉じ込めた。
(ひっ、ひいいいいいいいいいっ)
「指輪をプレゼントしようという話をしたとき、君はケンジット公に聞くと言ったよね? 私はその返事を待っていたんだけど、まさか、忘れていたなんてことはないよね」
アリスの背中に冷たい汗が流れていった。
今の今まで指輪の話しなど、きれいさっぱり忘れていた。
「アルバートからはペンダントをあっさり貰うくせに、私からの贈り物は受け取れないっていうのはどういう……」
「い、いや、あの、このペンダントは、だって、魔導石で、魔法の出力をあげるもので、だ、だからその」
「あまり私をないがしろにすると、キスするよ?」
「え! な、ななななななんでキス!?」
「したいからだよ」
「簡単に言わないでください」
「簡単に言っているつもりはないけど」
アリスの手の甲にちゅっと唇を寄せてきた。
「指輪は用意してくるよ。君もそろそろ覚悟したほうが良いかもね」
「なっ何の覚悟ですか!!!」
知らないフリをしたが、わかっていないわけではない。
社交界デビューが近づいているということは、正式な婚約者を選ばなければならないということだ。
(お父様もなんだって、三人も婚約者候補をお作りになったんだよ)
アリスは深い溜め息をついた。
結婚相手は誰だって良い――――愛し愛される事など望んじゃいない。だったら、家のために一番いい相手をあてがえばよかったのではないか? とアリスは思う。
そういう意味では公爵の令息であるルートヴィッヒが適任であるのに、父は何も言わない。
(僕はいったいどうすれいいんだ。選ばされるのは----苦手だ)
アリスはため息をついた。
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