第四話 アリス、魔法を習う
「魔法?」
アルバートと中庭でお茶を楽しんでいると、彼はアリスに魔法を使えるようにしてみたらどうか、と言われる。
『必要ないわ。何かあれば、私に望んでくれればいいのだから』
アリスについている、モーレックの森の守護者が反論した。
「だから、それが駄目なんだって」
モーレックの森の守護者……呼び方が長いので、彼女の名前を聞きたかったが、名前を聞くのも、名前ニックネームをつけるのも、完全なる契約を交わす、ということになるらしいので、アルバートにきつく止められている。
完全なる契約の何がいけないのかというと、守護者(精霊)と一心同体になってしまい、肉体の主であるアリスが心身共に精霊に乗っ取られる可能性があるからだ――――とアルバートが言う。
精霊の祝福を受けていても、望みを叶えてもらえば魔力を奪われ、うっかり契約してしまえば乗っ取られてしまうかもしれないだなんて、あまり喜ばしいことではないような気がしていた。
『喜ばしくないなんて……あんまりですわ』
ヨヨヨと守護者が泣くような仕草をしている。涙が出ていないから泣き真似だろう。
(僕としては、どっちでもいいんだけど)
けれどこの身体がアリスのものである以上、大事に至らないように振る舞わなければいけない。
(ごめんな)
ふよふよと蔦をうねらせている精霊。
ふと、疑問が浮かんだ。
「私から魔力がもらえないと、精霊さんはどうなるの? もしかして、弱って死んじゃったりする?」
『そうなんです、アリスの魔力をいただかないと、私、弱ってしまうんです』
ヨヨヨとまた泣き真似をする。そんな彼女をアルバートが呆れたような表情をした。
「森の守護者のくせに嘘はよくないなぁ」
「嘘なの?」
『――――すみません。嘘です』
精霊はあっさりと認めた。
(まったくもう……)
と、思いながらも、精霊が可愛く感じられた。森の守護者というぐらいなのだから、自分より明らかに年上なんだろうが、彼女は喜怒哀楽がはっきりしているので、わかりやすく、面白かった。
ケンジット公(父)を蔦でグルグル巻きにしたことを思い出して、笑いがこみ上げてくる。
「アリス、ほだされちゃだめだよ」
アルバートに見透かされたのか、注意される。
「でもねぇ……人間の魔力って精霊さんにとって何なの? 養分?」
『養分というか、美味しいデザートです。アリスの魔力はふかふかしていて美味しいのです。だからたまには願い事を言っていただきたいです』
「たーまーにーはー、じゃ、なかっただろ?」
アルバートがしかめっ面になった。
「願い事を言わせるように誘導して、アリスの魔力を何度もいただいていたくせに」
「えっ、そうなの?」
「そうだよ、魔力を奪われるのは身体的負担が大きいから、アリスは何度も倒れていたんだよ」
「……倒れるのは、困るかな」
自分の魔力とやらがどの程度あるのかわからなかったが、せっかく祝福してくれた縁(?)があるのだから少しぐらい融通してもいいかなと思ってしまっていた。
――――自分の誕生を喜んでくれた人(精霊だけど)を、無下に扱いたくなかったのだが。魔力をわけるというのは却下だ。とアリスは考えた。
「でも、この世界はなんだか、優しいね」
心配してくれる人がいる。優しくしてくれる人がいる。大事にしてくれる。その全てはアリスのものではあったけれど、居心地が良かった。
「そういうアリスが優しいんだよ」
アルバートは茶色の瞳を輝かせて、笑った。
「君はエディランス王国の宝だ――――だけど、アリスが数週間気を失っているとき、考えたんだ。俺たちが、ちゃんとアリスを守らないといけないんだってね」
「……俺たち?」
「俺と、ルートヴィッヒ」
アルバートは無造作にポケットに手を突っ込んで、ペンダントを取り出した。
「これ、あげる」
金色で花の装飾がされたペンダントヘッドには、小さな緑色の石がはめこまれている。
「魔法の出力を上げるための魔道具だよ。アリスの属性にあう手持ちの魔導石がこれしかなくてすまないけど」
「あ、ううん、嬉しい。ありがとうアルバート」
アリスが受け取ると、彼は照れたように笑う。
『ふむふむ。ガレリアの森の魔導石ですね。とても稀少なものです。あの森に入れる人間は数少ない』
ぽつっと精霊が言った。
そんなに大事な物なのかと、慌ててペンダントをアルバートに返す。
「そんなに大事な物は貰えないわ」
「いやいや、確かに稀少なものだけど、俺の属性には合わないし、使わないで置いとくより、使ったほうがいい――――俺が採ってきたものでもないし」
再びアリスの手の中にペンダントが戻ってきた。
『貰うといい』
精霊も何故か勧めてきた。
「じゃ、じゃあ、貰うね」
ペンダントを首にかけると、緑色の魔導石がうっすらと光った。
属性というのは、水、火、土、光、闇、とあるようで、精霊も同じように属性があるそうだ。
アリスには森の精霊がついているから、土の属性がもれなくついてきた――――といったところだそうで。
「ちなみに俺は水の属性。ルートヴィッヒは火だ」
「……モルベルト様は?」」
姿を思い出すだけでも、背筋に寒いものを感じる。属性的に合わないのだろうかと思っていたら、アルバートの口から意外な言葉が出てくる。
「モルベルトは魔力がない」
「え?」
「妹のヘレナもそうだけど、セイラス家は魔力を持たない家系だよ。でもそれが普通で、誰しもが魔力をもっているわけじゃない。精霊の祝福はもっと稀なんだよ」
「……そうなのね」
「それは王族にも言えることで、フレデリック殿下は魔力を持っていないし、精霊の祝福も受けていない。そういう場合、魔力を持つ女性と結婚するのが当たり前だったんだけど……」
「フレデリック殿下は、ヘレナ様がお好きなのですね」
「そうなんだよね。まぁ、別に今が乱世というわけでもないし、魔法が使えないからといってなにか不便はないだろう。いざとなれば魔法使いを雇えばいいだけの話だから、いいんだけどさぁ、フレデリック殿下が誰と結婚しても」
少し不満がありそうな表情を浮かべるアルバートを、アリスは不思議に思った。
「どうかしたの?」
「モルベルトもだけど、ヘレナ自身も王太子妃にはアリスを推しているから、フレデリック殿下が自棄になってアリスにしょうもないことで精霊を使わせるのが気に入らないんだよね」
「あ、そうなんですか」
「王太子妃にアリスを迎える気がない、というアピールをヘレナにしたいがために、アリスを道具のように扱う。アリスに魔力があっても魔法が使えないのを知ってて、くだらない頼みをして精霊を使わせる――――今後は断固として、邪魔をしてやるけどな」
「……ちなみに、くだらない頼みってどんなものだったんですか?」
「庭の木の剪定。雑草の処理。暑いときの扇風機代わりに風をおこさせるとか。およそ公爵令嬢に頼むような内容じゃない」
(あ、この世界にも扇風機ってあるんだ。っていうかめっちゃ雑用だな)
まだ見たことがなかったから、この世界の冷暖房についてアリスは気になった。部屋に暖炉があったから、冬は暖炉で部屋を暖めるんだろうと思っていた。
「扇風機かぁ」
『私は冷たい風を出すことができます』
精霊は胸をはった。
(森の守護者っていうから、もっと凄いことできると思ってた。ごめんよ精霊さん)
アリスは精霊の様子が可笑しくて笑ってしまった。
「では、私が魔法を使えるようになれば、問題は少し解決できる――――ということですね」
「うん、まぁ、そうだね。今まではどんなに練習しても、うまく魔力を引き出せなかったんだけど、魔導石が輝いたから希望が持てそうだ」
「……今までも私に魔導石を?」
「あー、うん、まぁ……」
何故か言葉を濁すアルバートに、精霊がフォッフォッフォッと妙な笑い方をする。
『ガレリアの森にアルバートは入れないからのぉ、土の魔導石を持っている人間を、死にものぐるいで探し回って、やぁっと手に入れたん』
「余計なことは言わなくていい。水ぶっかけてやろうか」
アルバートは精霊の言葉を遮った。
『オホホホホ、かけてみるがいい! 瞬間速攻乾かしてやるわ』
(ドライヤーか、洗濯乾燥機みたいな言い方だな)
思わず呆気にとられたが、はっと気を取り直して、改めてアリスはアルバートにお礼を言った。
「苦労させてごめんなさい。本当に、ありがとうアルバート」
「苦労ってほどの苦労でもないさ。アリスのためなんだから、どんなことだって」
――――と、言いかけてアルバートは精霊を睨みつけた。何故なら、精霊がニヤニヤと笑っていたからだ。
「おい、精霊、どっか行ってくれないかな」
『私とアリスは完全なる契約を交わしていなくても、一心同体のようなもの。離れがたいのですわ』
「離れがたいだけだろ。離れろ」
『アリスが“望めば”少しの間くらいは、離れてもよろしくてよ。そう、二人きりにして差し上げましょう』
さぁ! と言わんばかりに両手を広げ(ついでに蔦も)、アリスにキラキラとした瞳を向けた。
「え、えぇと」
「望まんでいい!」
ばあああんと、アルバートがテーブルを叩き、精霊は残念そうな顔をしていた。
(あれ、でも……)
ルートヴィッヒといるときには、精霊はいないような……と思ったが、実はしゃしゃり出てこないだけで、少し離れたところにいるのかな? と思い直し、考えを口にするのはやめた。
ペンダントにそっと手を伸ばし、指先が魔導石に触れるとふんわりと優しい光が放たれた。
「私、魔法が使えるように頑張りますね」
アリスがそう言うと、アルバートは嬉しそうに微笑んだ。
「俺も協力するよ」
――――それからほぼ毎日、アルバートの魔法研究室に通い、魔法を習うことになった。
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