大掃除
このゴブリンパークが出来たばかりのころ、広いLでの掃除には毒魔法を用いていたらしい。
だけどもその後の除染が面倒だからとすぐに中止となり、以後氷属性炎属性色々試して、だけども漏れがあるからと結局は古典的な、隅から隅まで歩いて探して鏖殺するのが確実でコストもかからないと落ち着いたらしい。
そんな小話を聴きながら同僚と共にぞろぞろと鉄扉を潜る。
一瞬森に出たかのような錯覚、だけどすぐに木々の間、視界の隅に汚らしい緑の肌が見えて仕事を思い出す。
「フォーメーションは単純だ。横並び一列、ここから初めて隙間なく広がり、反対側まで追い立てる。逃げ道絞ったらいつも通りだ」
軽い口振り、実際この大掃除は毎日どこかで行われてる。実際慣れたものなのだろう。
「新入りどもは壁際だ。隙間の調整なんかはこっちが合わせてやる。ただゴブリンを後ろに逃さないようにだけ注意しろ」
俺は指示に従い右手側の壁に沿って、進んでいく。
ドーン! ドーン! ドーン!
列の中央辺りから響くのは太鼓の音、ゴブリンをビビらせ追い立てるのと同時に列の歩調を合わせる意味もある。
ここで飛び出し目立とうとするのはゴブリンと大差ない。集団行動を取れるから人は人なのだ。
列を乱さぬよう気をつけながらも木々の裏、上、死角に潜んでないか集中しながら進んでいく。
…………拍子抜けしたことに、中央部分、一番広い部分を抜けてもなお生きてるゴブリンと出くわすことはなかった。
あったのは木に登って落ちたらしい死体と、登って降りられなくなった干し肉、随分前に死んだらしい歯型のついた骨だけだった。
これだけ出会わないということはこれから出会うということ、追い詰められたゴブリンの濃度が濃いということ、だと思うのだが、四分の三を超えた辺りでまだ出会えない状況に、随伴する先輩方も眉をひそめ始めた。
「ここの大掃除、であってるのか?」
「そう聞いてる」
「ならどういうことだ。いつもならもう溢れてる頃合いだろ?」
「向こう側に偏ったか?」
「だったら笛が鳴る。あっちにも新入り混じってるんだ。無茶はしないだろう」
「だとしたら、疫病かなんかで増えてないとか?」
「わからん。観察してる連中も餌の減り具合で数を見てるらしい。正確な数は、死体を数えないと」
「なら」
ドドン!
会話を遮る異音は中央から、そして太鼓の音が止まり、代わりに喧騒が漏れてきた。
ただならぬことが起きておると、俺にもわかった。
「おいどうなってる!」
先輩の問いに答えるようにガサリとなったのは背後の草、現れたのは緑の肌、それも複数だった。
「ゴブリン!」
先輩は叫ぶのと襲われるのは同時だった。
木々の間を駆け抜け迫る群れ、けれど所詮はゴブリン、大したことはない、という油断を持ったものから刺されていった。
ゴブリンどもは、武装していた。
長い木の枝を先端削って尖らせた槍、見栄えも強度も最低限の安物、だけれども俺たちのツナギを突き抜けて腹を指すだけの攻撃力があった。
「うぉ!」「ご!」「マジかよ!」
刺されて上げる声は恐怖より驚きが優っていた。だがそれもすぐに苦痛の吐息に変わる。
背面、武装、二重の奇襲、慌てて戸惑うところへ更に追加のゴブリン迫る。
これは、屈辱だ。
ゴブリン如きに一杯食わされたという、人生に残る汚点、ゴブリンには決して持ち得ない挫折……そして同時に挫折から立ち直るという素晴らしさも、ゴブリンにはなかった。
屈辱は、ここで雪ぐ。
折れかけた膝に力を込めて前へ、踏み出し俺はラチェット振るう。
下から上へ、木の槍の先端割り切りその先握る右手の指をまとめて跳ね飛ばし、さらん時その先醜い顔の左半分をこそぎ落とす。
「ごぎゃああ!!」
大袈裟な悲鳴、これだけで転げ回る脆弱さ、本来のゴブリンを暴くと、同僚たちは落ち着きを取り戻した。
後は、とるに足らない当然の結果、虐殺はあっという間に終わった。
「行けるか?」
「無理だ。すぐに死にはしないがほっとけば死ぬ」
答える先輩のツナギの腹からは鮮血が、素人目でも無理な傷だとわかる。
「マニュアルならば撤退だ。怪我人連れて鉄扉へ。だが同時に中央へ連絡も必要になる。伝令は誰が?」
「俺が行く」
気がついたら即答してた俺がいた。
遅れてその理由、この中で無事で、装備が軽く、何よりゴブリンを殺し慣れてるのは俺ぐらいだった。
「任せた」
任された俺は、中央太鼓のなってた場所へと走り出した。
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