プロでない仕事

 ゴブリンの総数は餌の量に比例すると言われている。


 極論、食い物があれば無限に増える。


 ならば何故地上がゴブリンで埋め尽くされないかと言えば、それはゴブリンが奪うだけで育てないからだ。


 畜産を落ちてると思い、農業を捨ててあると思い、隣人を餌だと思う。


 奪うだけ奪い、食うだけ食い、増えるだけ増え、荒らすだけ荒らした後、荒廃と共に消え去る。


 自然界において食物連鎖にも入れない、存在してはならない存在、それがゴブリンだった。


 その増殖はここ、ゴブリンパークでも同じだった。


 一定数、研究と観察、実験のために飼育されているゴブリンはあっという間に、それこそ日数の単位で増えていく。


 不必要なゴブリン、それを間引くのが俺の仕事となった。


 ……今日もロッカーで真新しいツナギに着替えて準備室へ、備え付けられた武器を選ぶ。


 グレートソード、サーベル、レイピア、ハンドアックス、クラブ、ヌンチャク、バトルハンマー、スピア、ハルバード、グレイブ、サイズ、ただの木の棒まで、武器屋で売ってる武器なら大抵が揃っていた。


 ここから一つ、好きなのを選んで持っていくようになっている。正しくは、色々試してみて自分に合う武器を探す試用期間、ということらしい。


 それで、俺の前の一人はロングソードを、その前のはスピアを選んだのが見える。


 どちらも良い選択ではない、と俺は思う。


 ゴブリンを殺すのにさほどの攻撃力はいらない。ならば長柄両手持ちは不必要だ。


 殺す数が多いと考えれば負担の少ない軽量武器が望ましい。だがここで刃物を選ぶと刃毀れの心配が残る。ゴブリンとはいえ骨は硬いのだ。


 それを考えながら俺の武器を選んでいると、ハンドアックスの影に別の武器を見つけた。


 マチェーテだった。


 元は山道を進むための山刀、木材を叩き斬る鉈だが、その重さと斬れ味は人体にも有効だと、どこかの山賊だかマフィアだかは標準装備してると聞く。


 ならばゴブリンにも有効、今日はこれを使うことにした。


 選び、手に取り次へ、貸し出しの書類にサインをして今日の仕事場へと向かう。


 今日の檻はMミディアム、庭付き一戸建てが数件、丸々入る広さに、俺と後二人での参加らしい。


 鉄扉を抜けると石壁石畳にたっぷりのゴブリン、十や二十では済まない頭数、犇めいていた。


 初日一匹が嘘だったかの量に、俺は笑っていた。


 楽しめる内はプロではない、とは誰の言葉だっただろうか、俺はプロではないようだ。


 そんな俺らからゴブリンどもは距離を取る。


 その怯えた眼差しから、ゴブリンであってもこれからの運命を察知するとはできるらしい。


 けれども距離をとって僅かな延命を図るだけ、いくら素手とは言え、これだけの数の差、押しつぶせばまだ逆転の目もあろうというのに、所詮は独り善がりな獣と言ったところか。


「うぉおおおお!!!」


 そのゴブリンへ先んじて一人、突撃する。


 武器は長剣、グレートソード、人の鎧も両断できる重量と斬れ味、踏み込む勢い乗せて派手に振り回せば逃げそこなったゴブリン三匹まとめて薙ぎ払えた。


 両断でミンチ、飛び散る肉片と血飛沫がキラキラと輝く。


 そして降り注ぐ亡骸は、次のゴブリンを濡らし湿らせ絡ませて、その逃げ足を鈍らせた。


 ずるり滑ってけれども踏みとどまったゴブリンへ、追撃の横薙ぎ、次のミンチへ、見ているだけで絶対に楽しいコンボが完成していた。


 これに遅れまいと俺ともう一人、左右に分かれて斬り逃しを追う。


 グレートソードばかり見ていて前を見ていなかった一匹の首を刎ね、これに気がつき足を止めた一匹の胸を蹴り飛ばし、その背後に固まってたゴブリンどもまとめて転がし足止めする。


 その間に他のゴブリンへ、頭蓋をかち割り、喉を引き裂き、両手を捥いで転がして、派手に暴れてみせる。


 嬲り殺しは俺の趣味ではない。


 だがこうやって見せつけるとこいつらは怯えてその身を竦ませる。


 魂無き魔物には勇気すら存在しない。


 蹂躙は安定していた。


「うぉ!」


 そこへ水を差す声、見ればグレートソード、その顔は真っ赤に染まっていた。


 返り血かと構える俺の目の前で追加の血、いや内臓が顔に投げかけられる。


 ゴブリン、距離を置いてた何匹かが、飛び散った同胞のミンチを拾い集めて、冒涜にも、泥団子のように投げつけていた。



 少しでも知能が、いや心があるならば、殺された同族に対し、例え名も知らぬ者であったとしても、そこに同情の気持ちが生まれるものだ。


 少なくとも仲間の亡骸ならば哀悼の気持ちから丁重に扱うのが心というものだ。


 それはないゴブリンにとっては、仲間の亡骸は道具、己を少しでも長く生きながらせるための泥団子と大差ないのだ。


 非道にして非常、だからこそ恐ろしく、だからこそ抹消しなければならない存在、ゴブリンが、視野を奪われたグレートソードを取り囲み始める。


 その手には元手首だった肉付きの骨ナイフ、命に届く獲物だった。


「ぐげげげげ」


 それをわかってるかのように下品に笑うゴブリン、迫るのを前に俺のラチェットでは届かない。


 ならば、投げるだけだ。


「ごぶ!」「ぶぎょ!」


 全力投擲、思ったより速度のでない一投、それでも命中、悲鳴二重、転がるゴブリンどもがゲロを吐き、その姿で残りの足が止まる。


 あまり賢い攻撃を見せるのはゴブリンに学習されて面倒になるから禁止なのだが、今のは許される。


 理由は三つ、仲間を助けるため緊急事態だったこと、ゴブリンにはゴブリンを投げる腕力がなく真似できないこと、ここで全部死ぬこと。


 次いでだ。ゴブリンが鈍器としてどれほど有用か、実験してみるのも面白い。


 ……プロではない俺は、間違いなく楽しんでいた。

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