第20話 人種


 俺は、2枚の提出された書類を執務机の上に並べていた。


 人間の村長は魔族が威圧的で困っていると。

 魔族の族長からは人間達が敵対的で困っていると。


「まぁ、こうなるわな」


 魔族と人間の戦いの歴史はここ最近始まった事じゃない。

 それこそ、俺の爺さん婆さんの時代から争ってきた過去を持つ。


 そんなのを共同生活させて円滑に物が運ぶ訳もない。


「シェリフ様、複数の領民から呼び出しがかかっております」


「用件は?」


「どうやら、魔族と人間で暴力沙汰に発展したようですね」


「俺が行く」


「畏まりました」


 部屋を出ると長い廊下が続いていた。

 アークプラチナの内部変換機能によって、争ってる場所に直通だ。


「ふざけるな! 新入りのクセに調子にのるなよ!」


「そちらこそ、子供の教育くらいしっかりして貰いたいものだな!」


 若い魔族と人間を中心に人だかりができている。

 場所は畑。

 こいつらなりに広い場所を使おうと判断したのだろう。


「劣等種が、調子に乗るなよ」


「はっ、シェリフ様に飼われてる獣風情が粋がるな」


 そこにはディアナも居たが、特別口を出す事無くジッとそれを見ていた。

 俺の到着に気が付くと、その場にいた全員の視線が俺に向く。


「ディアナ、どういう事だ?」


「子供同士の喧嘩が発端です。どちらの種族の子供もたんこぶ程度の怪我を負ってますが既に治療は終わっています」


 それで、こいつらは子供同士の喧嘩の内容でどっちが悪いと騒ぎ合っている訳か。


「皆、シェリフ様の前ですよ」


 ディアナがそう言うが、領民たちはよくわからないという顔をしている。


「己が主の御前ですよ?」


 怒気を強めてディアナは言う。

 それに少しだけ彼等がたじろいだ。


「ディアナ、いい」


「申し訳ありませんシェリフ様」


「カナリア、この部屋の出口を全てロックしろ」


「了解いたしました」


 ガチャリと扉から音が鳴った。


 それを確認して、俺は腰に携える剣を抜く。


「お前達に一つ聞く」


 殺意に魔力を乗せて、部屋全体へ放出する。


 誰も何も言葉を発せない。

 女や子供は膝をついている者もいる。


「お前達は誰の物だ?」


 剣の先を掴み合いをしていた人間の男に向ける。


「答えろ」


「あ、貴方の……」


 そう聞いて、矛先を魔族の男にも向ける。


「あんたのモンだ」


 やはり、魔族の方が若干だが魔力耐性が高いな。


「それで、お前たちは今何をしていた?」


 殺気を強める。

 魔力の密度を高める。

 風の属性を付与。

 一気に部屋の壁まで風圧を走らせる。


「お前たちは、何を勝手に俺の物に手を出している?」


 気に入らないのは事実だ。

 領民もこの船も、領土も、全て俺の所有物だ。

 それを、俺の許可なく勝手に傷付けようとしている。

 盗賊と変わらない。


「俺の所有物を傷つけて良いのは俺だけだ。身の程を弁えろ」


 切っ先から逃げる様に二人の男が尻もちをつく。

 汗がびっしょりだ。


「皆、己が主の御前ですよ」


 ディアナが再度そう言った。

 ギョッとした目の動きでディアナを見た領民たちが膝を折っていく。


「――申し訳ありませんでした」


「――どうかお許しを」


 次々とそう言って頭を下げていく。

 室内には俺とカナリア以外に膝を地面から放す者は居なくなった。


「私の監督不行き届きです。お手を煩わせて申し訳ありません」


 ディアナが領民たちの先頭で俺に向けて膝を折り、一層強く謝罪の言葉を述べた。


「ディアナにはお前達の管理を任せている。もしも次、このような下らない問題を起こしてみろ。その時は俺の加護下から去ると覚悟しろ」


 剣を一閃し、鞘に仕舞い込む。


「お前達が従順であるなら、可愛がってやる。ディアナ来い」


「はっ」


 俺はカナリアとディアナを侍らせて退室した。


「これで良かったのか?」


「えぇ、これで揉め事の殆どは鎮圧しますわ。シェリフ様は飴も鞭も使わなさすぎです」


「そういうのは任せるよ」


 何せディアナは元教祖様だ。

 それに加えてカナリアが持つ人心掌握の知識データがあれば、領民の制御等容易い事だろう。


「だが良かったのか? 恐怖で纏めて」


「尊敬は恐怖の上にしか成り立ちませんよ。人は強さを憧れ、屈服し、崇めるのです。でなければ、神の悉くが人間よりも力強く描かれる筈がない」


 ディアナの言葉は重く頭に残った。


「後は適当に飴を上げて育てるだけですわ。教育方針に関しても口出ししてよろしいですね? あのカリキュラムでは向上心が育つはずもないです」


「あぁ、そっちも任せる。俺も少し勉強が必要だな」


 統治という物に関して俺は素人だ。

 人を操る術など力以外持っていない。

 けれど、それで従う人間には限界がある。


 俺はただ村人に良い生活をさせれば良いのだと思っていた。

 そうする事で、勉学に勤しみ、努力を重ねる時間が生まれるのだと信じていた。


 けれど、実際の所、リラとディアナ以外に卒業まで言った奴は一人もいない。


 魔法も科学も俺の力になっている。

 ならば、後はどれだけそれを使いこなせるかだろう。


「カナリア、少し王都に顔を出そうと思うんだ。献上品の提出も近いしな」


「ご一緒致します」


「いや、お前にはこの船の管理と守護を任せる。使用人としてリラとオートマタを2体程連れて行くから心配するな」


「……畏まりました」


 なんだその間は。


「私が付いていきましょうか? 旦那様」


 ディアナがとぼけた顔でそう言った。


「お前には仕事があるだろ。あと旦那様と呼ぶな」


「はーい。じゃあお土産買って来てくださいね」


「旅行じゃねぇんだぞ。はぁ、お前オンオフ激し過ぎないか?」


 こいつの悪い所は、俺が本気で怒らないラインを見極めている所だ。

 そう言うのが上手いのは人生経験のなせる技なんだろう。

 だからこそ、領民のまとめ役に相応しい。


「あ、それと王都に行くならいい物を後で上げますね」


 全く話を聞かない女だ。

 それでもカナリアの演算によれば、リラ以上の精鋭というのだから人間分からない物だな。


「旦那様、いつでも通信して下さい」


 俺とディアナの話を遮ってカナリアがそう言う。

 カナリアにしては珍しい。

 いつも余裕を持った態度なのに。


「あぁ、何かあればそうする」


「……はい」

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