第2話 人権構造改造論

 青山は背の高い細身の男であるが、どこからそんな馬力の声が出るのかと思うほどの、太く大きな声を出す。

「さきほど、中川議員は、今回の”ロボット社会利用促進法の改定”とそれに伴う”第二期利用促進5か年目標”の内容についての質問でありましたが、私も、本日の本題に入る前に、この計画についても、もう少し質問をさせていただきます」

 政治や政策決定システムは、この50年、いやずっとその前100年何も変わっていない。ロボットの社会貢献というなら、政策決定そのものにAIをもっと活用した方がいいのではないかと国民は思っているが、結局は、政治家の「ああでもない、こうでもない」の連続である。質疑応答も、まぁ、実に効率が悪い。似たような質問の繰り返しとなっている。

 青山議員も、前質問者の続きから始めるらしい。政治システムでちょっと変わったところと言えば、5年前の東京首都直下大地震によって、国会議事堂が倒壊したため、審議会はすべてバーチャル審議会室で、テレビ会議形式になったことだけだが、何もそこまでしなくて良いのに、審議会室をそのまま3次元化再現しているため、まるで、審議会室がそのまま残っているようだ。そんな体裁のところだけにお金をかけることも、昔から変わらない。

 「利用促進法の改定に当たって、私もですね、どうして、アンドロイド教師の利用枠に22%の制限がかかっているのかが気になるんですよ。今、教師は、もうすでにその20パーセントがアンドロイド教師なんですよ。特に、専門教育に関しては、人による教育以上の効果を発揮しており、子供たちの精神的な支えともなっているサイバネクスト社のP10553型なんかは、画期的な成果を出しているではないですか。私たちの党では、その社会的影響度も鑑みて、アンドロイド採用の枠を33%、いわゆる3分の1程度にまで押し上げるべきではと考えて、マニュフェストも出しております。   

 東都大学のロボット社会学の権威であらせられる大泉教授の試算でも、社会全体でのロボットの役割を50%程度にまで押し上げないと、社会が直面している差別問題や環境問題は解決しないと言われています。人との物理的・空間的な観点からも、AI権を明確にしたロボットの社会参入が必要で、現政府の促進調整はあまりに後ろ向きであると言わざるを得ないと思います。いかがですか、利用枠の拡大についてどうお考えですか」

 50%という数字が示されたところで、与党単独の第一党で、国会の半数を占める自由民権党の議員席からはどよめきがあったが、情報産業大臣の神津は、動じることはなく、軽く相槌を打っていた。

「神津利文情報産業大臣」

 バーチャル審議室で、生身の出席者は、今、大臣の名前を呼んだ委員長と、この神津大臣と情報産業省のロボット社会促進局長以下官僚数人であり、昔と同じで、神津が委員長から呼ばれるとともに、局長以下、特に課長クラスは、何やら互いにひそひそと一言二言話して、局長が神津にそれを耳打ちした。このバーチャルな空間の中で、未だにそこはアナログである。最近は、骨振動デバイスの性能も良くなり、小声でしゃべっても、デジタルで特定の人に伝言できるものもあるが、国会内ではまだ使われていない。

 神津は、このアナログで伝えられた何やら一言に一度小さく頭を縦に振って回答を始めた。

 「青山議員のAI搭載ロボットの積極的な社会進出の促進については、党首としての自信が漲っておられ、いつも感服いたすものであります。議員のお書きになった「人権構造改造論」も読ませていただきましたし、その元になった大泉先生のロボット社会学に関する書籍も座右の書とさせていただいており、その想いは、政府も同じでございます。只、本審議会は促進調整のための審議会でありまして、いきなり30%だ、50%だと言われましても、それは人間社会との調整の中でなかなかできることではありません。ですから、枠を今の実態より2%押し上げようということで、十分ではないかというのが、政府見解であります。産業界との調整値でもある訳です」

大臣の話が終わる前から、青山議員は手を上げて、更問の間合いを取っている。この風景も、バーチャルなのに、以前となんら変わらない。人の話に割り込むのは、人の本能というものなのだろうか。

「青山貴志くん」

「我が党のお示しする30%は、社会への適正な浸透度をAIによってシミュレーションしたもので、科学的調整がされたものであります。2%の根拠は、情報産業省として何もだされていないではないですか。2%とは何を根拠としているのでしょうか。そこをお聞きしたいと私は言っているのです。いかかですか」

「神津利文情報産業大臣」

「根拠はありません。徐々に押し上げていくということです。活用推進の方向は維持しています。後は、試しながら進むということです。私はAI万能とは見ていません。政治は心の通ったものでないといけない。国民の多くの意見を吸い上げて調整した数字であるということで良いと考えております」

 大臣は、テストスタディの積み重ねであり、根拠がないということに自信を持って答えたが、その後、ちらっとバーチャル審議室の壁に掲げられた電光掲示板を見た。

大臣席の向かいの壁に電光掲示板があり、国会中継の答弁への支持率表示が出るようになっている。国会中継視聴者からの意見を即座に分析し、支持の割合を概略で掴むものである。ポリテック推進の観点から、質問者、答弁者に対して、あなたの今述べた意見はどれほど国民に支持されているかを確認するため、参考情報として表示されるものであるが、昔のSNSの「イイね」程度の効果しかなく、付けた当時は、誰もが気にして答弁していたが、最近は見向きもされない。総理や大臣級の発言なんかは、常に30%程度にしかならないので、慣れてしまったということかもしれない。いや、もしかしたら、自由主義社会において30は本質的な意味を持った数値なのかもしれない。しかし、ここは神津大臣もちょっと気になったようだ。31%辺りを指していたのを見て、安堵してゆっくりと座席に腰を下ろした。

 「青山貴志くん」

 「まぁ、この議論は、中川議員の質問でもありました内容ですし、ここで結論を出すものではないですから、最後に一言だけ意見を述べさせてもらって、議論は終わりたいと思います。根拠なく議論を交わすのは政治家どうしの議論として明らかに無駄であります。今日は、総理も来られていますし、さきほどから笑顔でこの議論を見られていたようですが、何が面白いんですか。総理、真剣に考えていただきたい。互いに科学的エビデンスを以って議論をしましょうよ・・・」

急に、総理に話が振られたもので、ホログラムの吉田常一総理は、ちょっとリアルに椅子を引いて、ぐっと背を伸ばした。青山議員の話は続く。

 「・・・ロボット利用促進の審議会での議論ではないかもしれません。おそらく、政策決定手法審議会の範疇ではあると思いますが、政治システムや議論のシステムそのものを変えていこうと言う思いに是非、至っていただきたい。この意見も議事録には残していただきたい」

 発言が終わるや否や、委員長は吉田総理に目くばせをしながらも、神津大臣でいいですよねみたいなしぐさをしてこう言った。

 「これは、どちらが回答いたしますか。神津大臣ですか」

 委員長の想いに反して、総理が手を上げて、アピールをした。

 「吉田常一総理大臣」

 吉田総理は、歳は八十近いが、元気だ。椅子から、機敏にすくっと立って、しわがれた声で答え始めた。

 「えぇ・・・、ここは、人と人の調整の場でありますから、AIシミュレーションの互いの結果を比べるのに意味はあるのでしょうか。現在の議論のシステムで十分であると私は思っています。なお、数年前から、政策決定手法審議会において、16名の政治・審議システムにかかる専門家による研究会も開かれており、そこで出された改革案は順次、国会内へ持ち込んできております。何も支障はないと思っております」

答弁し終えるや否や、バタンと座り、もうお前とは議論しないというかのように、青山議員から目を反らした。以前から、人と人の調整の場と言う割には、人の意見を聞かない総理大臣である。只、奇妙なことに、いつもは30%前後である支持率の電光掲示板がこの意見には46%が表示された。

 青山議員も、支持率が思いがけず高く出たのを不思議には思ったが、総理の性格上、この質問には触れたくないことはよく分かっているので、それ以上はこのことについては触れなかった。

 「青山貴志くん、質疑をつづけてください」

 「委員長、ありがとうございます。時間もございませんし、今日の本題でありますヒューマロイド等の性別転換法についての質問をさせていただきます」

 ヒューマロイド等の性別転換と言うが、正確に言うと、問題となるのは、AI搭載のアンドロイドのAI成長過程での性別認識による性転換問題ということになる。

 AI搭載ロボットは、行為経験による学習によって、徐々にデータを蓄積し、どんな行為の時にはどんな結果となったのかをその環境条件や人の心理もすべて含めて判断していく。例えば、家事サービスロボットが人にお茶のサービスをする場合、様々な属性を持つ人がどんなお茶の出し方で満足度が変わるかを、一つ一つの自分の所作と人の瞳や顔面の筋肉の動きや言葉を紐づけて学習しているのである。よって結果は、常に現場から学ぶデータが中心となる。アンドロイドにはその形態モデルによって性別を便宜的に仕訳けられているが、初期AIのデータベースには、女性用、男性用といった別のものが用意されている訳ではない。よって、形だけが性別を表出しているだけで、AIそのものは無性別である。よって、当然ではあるが、学習の違いによって、AI自身が女性型知能と男性型知能に分かれ、最終的には個性という形で、行為になって表れ始めるのだ。早くからAI搭載のロボット開発に着手し、日本だけではなく、世界的なロボット産業を打ち立てた富岡製作所や自動車産業から自動運転モービル開発、家事ロボットへとAIを進化させたサイバネクスト社などの研究所ではこの問題が、ロボットの社会参画において重要な問題になると位置づけ、開発当初より真剣に研究に取り組み、性別を組み入れたロボットを社会へ送り込むことで、安定した社会の維持に努めてきた。しかし、この問題は思った以上に奥が深かった。AIとしては、元々無性別であるのだから、最初に性別型の知能に学習されるようにプログラムされてしまうと、社会の中で行う行為と性別型行為選択において、人側の反応が変わり、判断の差異が発生し、AI自体がパニック状態になるというところだろう。簡単に言うと、ロボット側が女性知能として接しても、その行為を受け取る人間側が男性の行為だと受け取ると、AIとしては出力が間違いだったのか、人間側の認知ミス、または固定観念には無い女性の中の男性を見たのかが分からなくなり、初期データに伴う無性別な行為で切りぬけ、データを遮断してしまうことが起こる。これがいわゆる、学習能力の落ちた元々のプログラミングによる行為だけをするロボットに先祖返りする「学習後退問題」となるのである。

 何しろ、まだ十分に解明されていない問題なので、形態的特徴が所作に影響するとも言われているが、実際には何が影響しているのかはわからない。現実として、女性型知能のAIが結局は学習の後に男性型知能に書き換わったり、その逆が生じたり、いくつかの事例では、AIの学習判断に寄らず、データを蓄積せずに以前行為を選択したりするようになり、成長が止まるというのである。

 それに対して、政府の施策としては、ヒューマロイド等の性別転換法において、78項目の課題に対するヒューマロイドの反応行為を以て、その知能の男性化・女性化を診断し、筐体モデルと知能の整合性を取れるチップ交換による性転換ができるようにしようと言うのだ。ロボットの権利を守り、AIによる自由な性の選択を主張する人権創造党としては、この方法は、奴隷扱いであると見て、看過できない問題となる。勝手に人の手によって性転換を許すべきではなく、それは個別のロボットの学習的判断によるべきであるというのが、青山議員をはじめとする人権創造党の総意である。社会全体でも、未だ、ロボットは道具であるとみる世論も多いが、ロボットの支援ありきで教育を受けて来た若い世代は、ロボットの権利をより大きく認めていて、ロボットの差別問題にまで発展させ、差別問題は無くなるどころか以前よりも拡大しているのである。

 人権構造改造論を打ち立て、人もミュータントもAIも動物も一定の思考力を持つすべての生命に対して、その権利のあり様を考え、人権の多様性を主張する青山議員からすると、その弁には一層熱が入る。

 「総理に、基本的な考え方をお聞きしたい。ヒューマロイド等の性別転換法で、人による判断での性別転換の強要は、AI搭載ロボットへのロボット権侵害ではないですか。侵害ですよね。許されるものではないと思うのですが。いかがですか」

青山議員はバーチャルの中で、立ったままだ。おそらく名古屋市内の自宅の事務室からネットワークしているのだろうが、少し興奮している様子が、実物以上にホログラムで強調されているようだ。そういう演出を付加しているのかもしれない。

 「吉田常一総理大臣」

 また、吉田は元気よく立ち上がった。質問への回答をしっかりと準備してきたということもあろうが、持論も言いたかったのであろう、ペーパーも持たずに滑らかに話し始めた。数年前、少し認知症ではないのかと思われるほど、ちぐはぐな質疑応答の多かった総理にしては、最近はだらだらと答える場面は少ない。総理へのぶら下がり取材や突撃型のインタビューを無くし、国会の個別委員会への出席を増やし、総理執務室からのテレ会見は毎日お昼に行われるようになったことで、失言もなく、何か発言の面白みはなくなったが、いつも忙しく土色だった顔色も最近は赤みを帯び、脂ぎり、少し若返ったようだ。

 「えぇ・・・ヒューマロイドの権利については、十分承知しているところであります。只、今回の性別転換の処置は、私自身、強要だとは考えておりません。適正な処置であると見ています。えぇ・・・考えてみまするに、憲法第11条は国民に対しての権利であって、ロボットは国民の定義には無い訳です。国民ではない訳ですから、強要という言葉も当てはまらないことになります」

青山は、途中からは聞いてはいない。もう居ても立ってもおられないほどの反論が頭を埋め尽くし、「総理、総理、何を言っておられるのか」と、委員長の呼びかけの前に話しはじめた。

 「青山くん、私の呼び出しの前に質問に入るのはやめてもらいたい」

 「いゃ、すみません。よろしいですか」

 委員長はムッとして、

 「どうぞ、青山貴志くん」

 「いや、総理、確かに、現在はAIに人権はありませんが、AIは思考できる脳であります。自由を尊重し、平等権、社会権を以って社会の中に息づいている。すでに息づいている訳で、これはもう人権と同格のものであります。これをある程度認めて行かない限り、共生はできません。総理の頭の中は、まだロボットは産業機械のままなのではないですか。今の総理の発言で、国民は、総理がどういう認識をしておられるのかが良く分かったと思います。と同時に、私は、あまりにもその古い感覚が気になります。新たな差別の温床となるように思われて仕方ない。一国の総理の見方として恥ずかしくはないですか。でも、よく分かりました。総理のロボットに対する認識がよく分かりました。国民にも伝わったことでしょう」

 この二人のやりとりは本来、基本政策の委員会で交わす内容であったが、小さな審議会の中で、互いに大上段に構えたため、振り下ろせないままとなり、互いに言葉が無くなった。

 結論の無い議論は議論ではない。互いに言いたいことを言うだけなら、小学生だってやれる。要は、どちらも本当の意味で、人権問題に触れているのではなく、人権なのかロボット権なのかはよく分からないが、人権問題を通して、考え方の主張に留まっているだけで、人権の何たるかに触れてはいないのである。

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