7 題「老木」「小さい」「俵」

「これはどういった仕事なんでしょうか」

 僕は問いかける。上司は面倒くさそうにはにかみながら答える。「見て分からねえか」。「分かりません」

「そうか。まあ、知らん方がいい」

 そう言われたのが私がこの仕事に就いたころ……、丁度十五年前ほどになるだろうか。今にして思うと、あの時の上司も本当はこれが何の仕事だか分かっていなかったんだと思う。

 僕は部下に指示をしながら俵を運ぶ。この建物は上から順にA1~P99まで区画が区切られており、僕が担当するエリアはN7~N56であった。五十区画近くものエリアを任される人はほとんどいない。このまま順調に出世していけば、いずれはN区域そのものを任されることになるだろう。出世に興味はないが、日々淡々と仕事をしているだけで僕の階級は上がっていった。

 ある日、俵を既定の位置にはめる際に一通の手紙を見つけた。それは元N区域の前任者である八合氏のものだった。彼は今もっと上の階層でその辣腕をふるっているらしい。人の手紙を勝手に覗き見るのは悪いと思ったが、古色蒼然としたその手紙はまるで誰かに宛てたような、タイムカプセルのようにちっぽけな時効を含んでいるように思えた。

 僕はその手紙を開く。


 縹渺と広がるこの建物がいったい何か考えたことはあるだろうか。日々俵を蝟集させて外壁を整えていく仕事……。終わりの見えない作業……。俵の中身が何か覗いたことはあるか? そこそこ出世している人間なら一度は覗いたことがあるだろう。そう中身はただの土だ。私はサンプルを採取してその土を色々と調べてみたが、本当に何の変哲もない土なのだ。ならどうして、日々壁を削り落として、その俵を端から詰めていく作業に徹さなくてはならないのか。

 ここから先を読むことは、責任を背負うということだ。今からでもこの紙を燃やした方が良い。


 僕は一度手紙から顔を上げる。悚然としてその場に立ちすくんでしまう。きっと僕の上司はこれを知っていたのだ。だから不可解な失踪を遂げたのであろう。たしかに、私も仕事の一部分が知らされるだけで、それが一体全体なんのためのものなのかというのが知らされないことを疑問に思っていた。たしかに、俵の中身も覗いた。僕は興味本位、というよりかはむしろ強迫観念に駆られたように手紙の続きを読んだ。


 これは建物ではない。いや、厳密には建物にしている最中と言った方が正しいのかもしれない。ここは世界樹である。Pより下の階層には私たちとは別の生命体が暮らしている。その世界樹は文字通り世界を葉で覆いつくすような大きさで、落ち葉は私たちの身体の何十倍……三区域は軽く覆うほどの大きさをしている。信じられないかもしれないが、これは現実だ。私たち人間というちっぽけな生物に課せられた仕事が、世界樹の存続なのだ。ただ、世界樹にも寿命がある。すでに枯れたこの樹はこの土塗りの俵によって生命を維持している。私はこのことに気付いたことに気付かれてしまった。いずれもっと上の階層に住処を追われるだろう。左遷というやつだ。気付いたからどうこう、という話ではなく、上層部は真実を知る人間がいるだけで脅威だと考えているのだ。そんなことを知ったとて、私たちには何もできないというのに……。

 しかし、これを伝えることは私の使命だと感じた。いずれ、この情報が役に立つときが来るかもしれぬし来ないかもしれない。益体機を熟さずというやつだ。ただ、私は真実を後世に伝えたかった。それだけだ。


 手紙はここで終わっていた。僕はしばらく逡巡してその手紙を燃やすことにした。結局、何も変わらないし、その方が良いのだ。僕の頭の片隅にそれが形をとどめただけで八合氏は満足であろう。

 地震だった。今までに感じたことのない揺れが僕を襲う。そして僕は恐怖した。僕たち人類は何も知らないまま一生世界樹を土に還す仕事をして、汲々としながら一生を終えるのか? この地震だって、発生源は世界樹の不調だろう。僕はいつ死んでもおかしくない。

 僕は本を書くことにした。それは遺書にも似た一つの真実。人類の踏み台となるかもしれない、確かな礎を。

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