5 題「州」「おじさん」「ガレージ」
宇宙船のガレージだけが取り残されたもの寂しい区域があった。廃ガレージ州と呼ばれるその土地は、以前はベッドタウンとして賑わっていたが、昨今の熱加砂漠化やサドラルタイフーンなどの天変地異にやられて、とても新人類が暮らしていける場所ではない。そこに家を構えていた新人類は今まで暮らしていた家を根こそぎ運びとり、残されたガレージだけが何かを訴えかけるように屹立している。
私の調査員としての初めての仕事がこの区域の散策であった。私がちょうど十歳を迎えた頃か。その区域の長は新人教育に精を出すことはなく、監督不行き届きで亡くなったケースも少なくない。私の同期にも最初の散策から帰ってこられなかった人間がおり、散策初日の前夜は震えてめそめそ泣いていたことを思い出す。
私の配属された廃ガレージ州は死亡率20%の第四危険区域に指定されていた。決して低くはない死亡率だが、もっと危険なところはいくらでもあったので一応私は恵まれていた方なのかもしれない。80%は帰ってこられる、とそう自分に言い聞かせて私は初めての区域散策に向かった。
防護服は訓練で何度か着ていたが、やはり実地で試すと操作がおぼつかない。これに今命を託しているんだ、という感覚が私の頭を支配してまともに呼吸すらできなくなっていた。軽度のパニック症状である。それでもなんとかガレージ群の中までたどり着く。建物内部は荒々しい風が吹いていない分視界も良好で落ち着くことができる。他のガレージとも大部分が繋がっており、当分はあの砂嵐の外に出なくて良さそうだった。相変わらず危険な素界に囲まれているとは言え、初めての散策でバックパイプも忘れている私にとっては非常に安心できる場所である。
私は本部に現在の状況及び進捗を報告する。そしてベースキャンプを作っている途中に見つけたのは、一冊の本であった。私がそれを手に取ると、暗いガレージの奥から「アーッ」という不吉な音が聞こえる。音? 声? 私は身構えるが、闇の中から出てきたのは一人の旧人類であった。
未知生物の類ではなくてホッとする。旧人類ならば殺してしまっても問題ないし、それほどの脅威でもない。私は一応本部に連絡をするが、それくらいのことで報告をするんじゃないと通信を切られる。
私は改めてその男を見る。新人類にして五十代ほどの、その身なりが汚い男は私に何かを伝えようとするが、外界情報を遮断していた私は彼が何を言わんとするか分からない。そもそも旧人類とは言葉のコンタクトが交わせないはずだが……。男はやきもきとしたようで私に向かって飛び掛かってくる。私はとっさに瞬間冷却二丁に手を掛けるが、その男の身なりは常人のものではなく、逆にこちらが制圧されてしまう。黒達磨流無限柔術を使う旧人類なんて聞いたことがない!
その男は手際よく私の防護服の安全装置を取り外していき、私のヘルメットを奪い取ろうとする。それだけは絶対に阻止しなければならない、と私は頑なにマスクの前面部を守っていたが、いつの間にか背後ににじり寄っていたもう一人の男に後方部を外されていたのだった。
「これで聞こえるか」
私には何が起こったのか分からなかった。まず驚いたのはその男が新人類語を話していたこと、次に驚いたのはマスクを外しても死んでいないこと。そうして驚いたことを整理していくと段々と気持ちが落ち着いてくる。
「はい」
私は小さく返事をする。「行くぞ」とその細身のおじさんは私の手を取って、廃ガレージ州一番のコミュニティへ連れて行くのだった。そこには多くの旧人類が暮らしており、多くの生活が偏在していた。私がどうして彼らの言葉を聞き取れるか疑問に思っていると、そのおじさんは「新人類も、旧人類も、隔たりなんてないんだ」と半ば自虐的に笑って私を連れ回した。本部では既に死んでいたとされる先輩にも会った。
彼らはこの旧時代の遺物から新時代の世界構造へ大きな反逆を起こすという。いわゆる革命軍。私はその後さまざまな秩序と底のない理不尽を受けて、その革命の一端を担うことを決意した。二重スパイとして本部に潜り込んだり、他の区域に住む虐げられた人類とのコンタクトを図ったり、廃ガレージの暮らしに新技術を持ち込み生活を豊かにしたり。そのうち、私は総司令に次ぐ副次参謀の座を手にする。
革命の日は近い。
私は胸に掛けた十字架を握りしめるのだった。
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