2 題「美術室」「桃」「偽装」

「きちんと探したのか?」

 小林は言う。「東北中の埋蔵金伝説だぞ!」

「馬鹿馬鹿しい」と僕は言う。「だいたい、美術室のどこにもそんなものを隠しておける空間はないし、そんなものがあったところで……」

「男のロマンだ」

 僕は小林のいきり立つ鼻息を間近に受けて少し後ずさる。「お前も男なら……」と小林はぐちぐちと言っている。

 小林が持ち掛けてきた話は、いわゆる学校の七不思議と呼ばれるくらいの根拠不詳な口伝だ。確かに東北中の男子であれば、一度くらいその稚拙で胡散臭い噂を聞いたことあると思う。中には探索隊まで立ち上げる集団がいるくらいだ。

「一応、適当に探してみたけど。それらしいものはなかったよ」と僕は言う。「そんなに見たいか?」

「見たい!」小林は机をドンと叩く。「だって、お前。その、俺たちじゃまだ買えないし……。偉大な先輩方が置いて行った至宝中の至宝だぞ。桃色の大秘宝だ! 噂によると、コレクターの間で裏取引される超レア物まであって、云万円はするとか……。だって、おい、お前だって、見たいだろ」

「エッチなコレクション?」

 小林はフンフンと頷く。言葉少なに首を振る様子から彼の本気具合が知れて少々引いた。「まあ……」と私は言ってみせるがその実興味はほとんどない。

「俺の見立てでは、絶対に美術室にある」。そう確信している小林は美術部の僕の手を取って再度美術室へ赴こうとする。「もう下校時刻だって」と僕は言う。放課後の美術室への立ち入りは部員以外禁止されているが、小林はそんなことおくびにもかけない。「あともうちょっとだけ確認するだけだからさ」

 僕はため息をつく。先生方からの信頼も厚い僕は、部活終了後も美術室の鍵を任されて居残りすることができた。「しっかり鍵をかけろよ」という遠藤先生に、私利私欲(私ではない)のため鍵を使うことが少々後ろめたい。

 鍵を開いてガラリと扉を開ける。「五分だけだから」と僕は言う。早くしないと鍵を返しに来ないことを不審に思った先生がこちらまで来てしまう。

「わかった、わかった」

 小林はそんな小学生のような生返事をして戸棚を物色し始めた。僕も一応形だけ窓の辺りを散策する。

 日が傾いていた。かげろうのような夏休みを終えて、夕陽はだんだんと早く沈んでいくように思える。夏至はもうとっくに過ぎたのだから当たり前か。斜めに差す夕陽が美術室を朱とも橙ともつかない色に染めていて綺麗だと思った。棚の上に飾られたモネの『日傘を差す女』が光を反射して嘘っぽい色に染まっている。まるで粗雑な絵画のように虚飾に彩られて、現実へ光が溢れ出るようだと思った。

「あった!」

 小林が声を上げる。そんなバカな、と思い彼に近寄ると、先生の戸棚の美術の教材の中から全裸の娼婦の絵が出てきた。「これは……、絵のモチーフにするための」と僕が言いかける。すると小林は隣の本を指さして、違う違う、と指を振るジェスチャーをする。

 彼がその本のカバーを取ると、いかにも破廉恥なデザインと字面をした雑誌が出てきた。「大当たりだ」。パラパラと小林が雑誌をめくると、女性と女性がまぐわう様子の写真や袋とじ(?)のようなものが大量に出てきた。健全な中学生である僕には刺激が強い。

 僕はしばらく小林の手元に夢中になってしまうが、何も言わない小林を不思議に思って顔を上げる。そうすると小林は、なんとなく気が乗らないような、腑に落ちない表情を浮かべるのだった。僕がどうしたのか聞くと、小林は自信なさげに答える。

「噂だから何とも言えないんだけどさ……。もっと大量に卑猥な雑誌があるはずなんだよ」

「もっと探せばあるんじゃないか?」

「いや、だってこんな分かりやすい所にあって……。しかも、レズ系の至宝があるなんて聞いてない。第一、雑誌の裏には先輩の名前が書いてあるはずで……」

 それでは幾らコレクターといえど値段もつかないんじゃ? と僕は言いかけて、おもむろに口を開く。「もしかしてさ、それ遠藤先生の私物じゃ?」

「まさか」

「まさかだよな」

 小林がぷっと噴き出したのを皮切りに僕たちは大爆笑した。呼吸が止まるくらいに笑っていた。「そんなことあるかよ!」小林が笑い泣きをしながら言う。

「なんかさ、挟んでおこう」

「はははは、いいな。これは誰が持ち帰る? 俺?」

「小林でいいよ」

「よし、見たい時はいつでも見せてやるからな」

「で、どうする?」

「そうだ、これ挟んでおこうぜ」

「それ、一昨日の性の授業で配られた冊子じゃん」

「傑作だろ? あはははははは」

「変態野郎! って書いた紙も挟んでおこう」

「まさか、遠藤にこんな一面があったなんてなあ!」

「ははは、良いもん見た。さっさと帰ろう、もう下校時刻だ」

 僕たちは鍵をかけて駆け足で職員室へと急ぐ。遠藤先生の顔を見てこらえるのに必死だった。小林は少し噴き出していた。

「じゃ、またな」。小林は例の雑誌を掲げながら手を振る。地平線へ沈む直前の夕陽が、彼の背後から薄紅色の陽光を差していた。

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