第27話 アランの活躍

 アランは私の手をしっかり握って、我が家の玄関に真っ直ぐ向かった。しかし、神官がそのまま見逃してくれるはずもなく、私達に気づいて笑顔で近づいてくる。さり気なく玄関への動線を塞がれてしまったが、偶然ではないだろう。


「聖女様、お久しぶりでございます」


 神官は、私の斜め前に立つアランが見えていないかのように話しかけてくる。


 挨拶くらいは返すべきだと思ったが、前回神官に会った日から体調を崩したせいか震えが止まらない。アランがそれに気がついて、私を自分の背中に隠すように移動してくれた。 


「今日はどういった御用件でしょう? 彼女はあなた達の申し出を断ったはずです」


「それは、聖女様に直接お話しいたします。どちら様か存じませんが、あなたには関係のない話です」


「話なら俺が代わりに聞きますよ」


 アランの大きな背中を眺めていると、震えが徐々に落ち着いてくる。私は少しだけ顔を出して様子を伺った。


 アランは顔が見えなくても分かるくらい殺気立っているが、神官は不気味なほど笑顔を崩していない。ただ、後ろに控える二人は顔を真っ青にしていた。


「私は聖女様のためを思って訪問しているのです。ご理解頂けませんか?」


「だから、俺が聞くって言ってるだろう?」


 アランがジリジリと距離を詰めると、危険だと察したのか神官も扉の前から退いた。アランは日常的に剣を腰から提げている。アランの性格を知らなければ、いつ切られてもおかしくないと考えるくらいには不機嫌だ。


 アランが私の手を引いて玄関まで行くと、器用に片手で鍵を開けてくれる。私はそれを確認して神官の方に振り返った。アランが間違っても手を離さないようにギュッと握る。


「わ、私は神殿に行くつもりはありません。彼が居てくれるので神官様が心配するようなことも起こらないので安心して下さい」


「ですが、聖女様……」


 神官が私の方に手を伸ばす。ビクリと肩を揺らすと、アランが再び私を隠すように前に出る。


「ジャンヌ。先に家に入ってリンゴを洗っておいてくれ。それが終わる頃までには俺も台所に行くよ」


 こちらを振り向いたアランは、いつもと変わらず穏やかな笑顔を浮かべている。言いたいことは言えたし、後はアランの言葉に甘えて良いだろうか。アランに目で詫びると、頭をポンポンッと撫でるように叩かれる。


「ありがとう。待ってるわ」


「ああ」


 私の返事を聞いて、アランが異空間バッグから麻布に入った林檎を取り出す。普段はひと目を避けて異空間バッグを使うので、わざと神官に庶民には持てないバッグを見せたのかもしれない。


 私がそんなことを思いながら林檎を受け取ると、アランが不意打ちで私の頬に口づけを落とした。


 アラン!?


 見上げたアランは満足そうに笑っている。私の顔は林檎のように赤くなっているだろう。余裕のある笑顔が憎らしい。


「後でな」


 神官に見せつけるための演技だと自分に言い聞かせても、早くなった鼓動はおさまらない。私は放心している間に、アランの誘導で家の中に入っていた。


「聖女様、お待ち下さい!」


 神官の焦る声がして、扉がパタンと静かに閉められる。私は口づけされた頬を抑えたまま、しばらく呆然としてしまった。



「……どうやって追い返すつもりなのかしら?」


 口づけの衝撃から立ち直ると、アランがどんな話をしているのか気になってくる。扉の前に立っていてもアランたちの声は聴こえない。外に再び出ていきたいとは思わないが、何が起きているのか分からないのも不安だった。


「二階の台所からなら見えるかも」


 私は林檎を抱えたまま二階に駆け上がり、台所の窓から外を見た。揉めているかと思ったが、何故か神官はアランにへりくだるような態度をとっている。


「まさか、拳で脅したわけではないわよね?」


 目を離した隙に何があったのだろう。見習い二人の顔も見るが、アランに殴られた者はいないようだ。疑って申し訳ないと、心の中でアランに詫びる。


 神官たちはアランにきちんとした礼をとって帰っていった。最初にアランを無視していたとは思えない態度に驚く。



「もう来ないと約束してくれたから安心しろ」


 私がぼんやりと神官たちの去りゆく姿を眺めていると、アランがいつもと変わらぬ様子で台所に入ってきた。


「何を言ったの?」


「俺が『祖国に伝わる薬で聖女の病気を治した』って話したら、帰ってくれたよ」


 アランはそれだけ言って、私が机に放り出すように置いた林檎を洗い出す。


 アランが本当にそんな言葉で穏便に追い返したのかは分からない。いや、前回神官に対峙したときのことを思い出せば、それだけで帰ったわけではないだろう。ただ、神官たちの態度からすると、『もう来ない』という言葉に間違いはなさそうだ。私の安全を考えれば、アランがその点について嘘をつくとも思えない。


「水洗いしたから、林檎に加護をかけてくれ」


「了解!」


 アランの意識はもう林檎に移っている。私も早く忘れてしまいたくて、林檎が美味しくなるようにと加護をかけた。今日はいつもより贅沢に砂糖をいっぱい使って甘い焼きリンゴにしようと思う。

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