第26話 再訪

 私は楽しい気分のまま歩いていたが、角を曲がり我が家が遠くに見えたところで急激に足が重くなった。家の前に思い出したくもない人物が立っている。聖女の花を使うきっかけにもなった老齢の神官だ。


 連れている見習い男性はあの日と変わらず二人だが、記憶が正しければ別の人物に変わっている気がする。私に宛行あてがう新たな男性を探してきたのだと思うと気持ち悪い。


「ジャンヌ? どうした?」


 アランが、立ち止まってしまった私を心配そうに覗き込む。アランと手を繋ぎ合っていなかったら、逃げ出していたかもしれない。


「私の家の前に三人いるのが見えるでしょ? あの神官様が前にアランに話した人よ」


 神官の訪問については、体調が落ち着いてすぐにアランに話してあった。というより、よく覚えていないが再会したときに私がアランに何か言ったようで、問い詰められて洗いざらい話したのだ。


「アイツらがそうなのか?」


「うん」


 私の言葉に隣に立つアランが殺気立つ。そのまま殴りに行きそうな勢いだったが、私が握り合っている手に力を入れるとハッとしたように殺気をおさめた。アランに誘導されて彼らから見えない位置に移動し、私はホッと息を吐く。


「ジャンヌはどうしたい? あの神官に付いて行ったら、『攻略対象者』に会……」


 私が肩を震わせたことに気づいたのか、アランが途中で言葉を切る。確かに神官とともに行けば聖女の地位を得られるので、隣国である祖国の貴族、つまりは攻略対象者たちにも会えるかもしれない。


 数年前の私なら喜んだだろう。でも、今の私はアランと離れるなんて考えられない。


 無言でアランを見上げると、慰めるように頭を撫でられた。


「分かった。帰ってもらって良いんだな?」


 本当に『分かった』のかどうかは不明だが、神官とともに行きたくないことは伝わったようだ。


「『攻略対象者』に会う機会を潰すことになるが後悔はしないか?」


が守れるなら、後悔はしないわ」


 私は『今の生活』という言葉を強調して言った。その言葉の裏には、もちろんアランと一緒に居たいという気持ちが隠されている。そのまま伝える勇気のない自分が情けない。


 ゲームのヒロインなら攻略対象者に……いや、たぶんヒロインにもそんな勇気はないだろう。彼女は前世の記憶がないだけで私自身なのだ。こんなふうに、まごまごしていたから、悪役たちを苛つかせたのかもしれない。


「そうか。それなら、ジャンヌの望む生活は俺が守ってやるよ。追い返して良いなら簡単なことだ。ジャンヌ、落ち着いたなら行くぞ」


「えっ? アラン、待って。危険なことはしないでね。聖女として利用したい私のことは傷つけないと思うけど、アラン相手ならゲームの神官みたいな事をしてくるかもしれないわ」


 この世界のもとになったゲームは、攻略対象者によって難易度が違いすぎることで有名になった。前世の私も、ときめきを求めていたというよりは高難度攻略に力を注いでいた気がする。


 最高難易度の神官は、ヒロインが目を離すとすぐに悪役の神官に毒を使われ療養のためゲームから退場してしまう。他の攻略対象者の好感度を調節したり、攻略には工夫が必要なのだが、今世には関係のないことだ。


 今、重要なのは神官がこの世界の一般人が思うほど高潔ではないということだろう。前世の私の感覚では悪役令嬢より悪役神官の方がひどい人間だった。


「危険なことをしなければ良いんだよな?」


「う、うん」


「問題ないよ。ジャンヌは先に家に入っていてくれれば良い」


 アランは私を励ますように笑った。その笑顔を見ていると不思議と問題ないような気がしてくる。


「ここで隠れていても良いけど、どうする?」


「アランと一緒に行くわ」


 私が彼らに会う覚悟が出来たことを伝えると、アランが私を守るように斜め前を歩きだした。

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