第28話 薬草採り

 数日後、私はアランとともに動きやすい服装で森の中を歩いていた。森の奥に生える貴重な薬草を取りに行くためだ。


「なぁ、冒険者ギルドに依頼して、採ってきて貰えば良かったんじゃないのか?」


「普段使うものはそうしているわ。でも、新しい薬草を頼むと、新薬なら売ってくれってギルド長がうるさいのよ」


「そうか。それは面倒だな」


 私が森に入るのは学園の入学式にあたる日以来。一人で森に入る勇気のない私は、アランが同行に同意してくれなかったので出かけられていなかった。


 私が鮮度の良い魔獣を捌かなければ、美味しい肉は手に入らない。それが加護を必要としなくなったアランが森への同行を許してくれる理由だった。しかし、本当は異空間バッグに入れていれば、自宅に帰ってからでも鮮度を保ったまま捌くことが出来る。アランには黙っていたのに気づかれてしまい、最近は一人で狩りに行ってしまう。毎度置いていかれるのは、やっぱり寂しい。


「ジャンヌ、この辺りは木の根が多いから、足元に気をつけろ」


 アランの過保護な態度を見ていれば、私が足手まといであることは明白だ。だから、今回のようにきちんとした理由がなければ、強く頼めない。


「私は大丈夫だから、余所見しないで前を見て。魔獣が来たらどうするのよ」


「魔獣なら三匹ほど向かって来ているけど、まだ遠いから問題ないよ」

 

 アランはそう返事をしながら、私に手を貸してくれる。私はどこにいるかも分からない魔獣に警戒しながら、手を借りて歩き難い場所を通過した。



「立ち去れ!」


 アランが威嚇するような声を出したのでそちらを見ると、狼の魔獣三匹が怯えるように去っていく。私が認識するより前に、アランは剣さえ抜かずに魔獣を追い払ってしまった。


「今回は目的地があるし、狼肉は不味いからな」


 私が驚いていると、アランがそんなふうに説明する。今のアランにとって、一声で魔獣が逃げていくことは当然のことなのだろう。魔獣とのレベル差がないと逃げないので驚いたのだが、アランは不思議そうな顔をしていた。



 アランが味の良い魔獣だけを狩りながら森を進み、私達はお目当ての薬草が生える湿地に計画どおりに到着することができた。


「なんだ、地元でも採取していた薬草じゃないか」


「どこの森でも、日帰りできないような奥地にしか生息していないのよね」


 アランは私を連れてくる必要性に疑問を持ったのだろう。私は惚けながら、効果が高そうな成長具合のものを選んで摘んでいく。


 今日の目的の薬草は、アランが万が一怪我をしたときのために渡しておく、強力過ぎて市場に出せない治癒薬の材料だ。


 アランには、祖国を出るときにギルド長のブリスを経由して渡していた。神官が訪ねて来たりもしたので念の為に確かめたら、全て使い切ってしまっていたらしい。かなりの数を渡していたので、どんな戦い方をしていたのか想像するのも恐ろしい。


「どれでも良いってわけではないんだな」


「薬効成分が蓄積されているものを選んで採っているのよ」


 アランは祖国にいた頃とは違い、熱心に私の手元を見ている。アランが採取方法を覚えてしまったら、連れて来てもらえなくなりそうだ。その時には、他の理由を考えるしかないだろう。


「このくらいで良いかしら」


 私は予備も考えて多めに採取し、異空間バッグに収納する。祖国にいた頃と違い、急いで下処理をせずに済むので楽だ。


「じゃあ、戻るか」


「ええ」


 湿地帯は泥臭い匂いが漂っていて休憩もままならない。私達はすぐに来た道を戻って、途中にあった野営地に落ちついた。


「今日も他の冒険者はいないわね」


 私は聖女の力で安全地帯を作りながら、焚き火を作るアランの背中に語りかける。お互いに分担の相談をしなくても、野営地が整っていく。二人の付き合いの長さが作り出す空間は心地良い。


「出没する魔獣の味で行き先を選ぶ奴はいないだろうからな」


 アランは薪を焚べながら、いたずらっぽく笑う。場所は私が伝えた候補地からアランが選んだのだが、やはり選定基準はそこだったらしい。


「今晩はこれを食べましょう」

 

 私はそんなアランのために、家から持ってきた仕込み済みの肉を取り出す。魔獣肉ではないが同じような工程で調理したので美味しいはずだ。やはり、危険を犯して狩ってくれた魔獣肉はしっかり下ごしらえをしてから食べさせたい。


「鶏肉か?」


 私が焚き火に肉をかざすように並べていると、アランが隣に座る。


「うん。初めてつくねも作ったけど、アランはもも肉の方が好きかしら?」


「きっと、どっちも好きだよ」


 アランはそんなふうに言って、焚き火にあたっていない部分を魔法で焼いてくれた。

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