第33話 特別な加護
「どうだった? やっぱり、格好良かったか?」
私がぼんやりとしていると、いつの間にかアランが戻ってきていた。心配そうに見つめられて、慌てて笑顔を作る。
私がいる場所を考えれば、玄関での様子を覗いていたことは明らかだ。
「ごめんね。アランのことは見ていなかったの」
私は誤魔化しようがないので、正直に謝罪する。
「いや、俺じゃなくて……」
アランが言い淀んだことで、ようやく言葉の意味を理解した。私はアランの推察どおり攻略対象者を観察していたわけだが、容姿なんて気にもしていなかった。そういえば、あの中には私がアランに攻略すると宣言していた騎士団長の息子と魔導師団長の息子もいた。アランが気にしてくれていたと思うと嬉しい。
「今度会ったら、よく見て報告するね」
私は頬が緩むのを抑えきれなくて、アランに抱きついた。躊躇なく甘えられる関係に幸せを噛みしめる。
「よく見なくて良いよ」
アランは呆れたように言ったが、当たり前のように抱きしめ返してくれる。アランの腕の中から見上げると、先程まで強張っていた顔に微笑みが浮かんでいた。
「王子たちは何のようだったの?」
アランの顔を曇らせたくなかったが聞かないわけにもいかない。私は朝食の準備に取り掛かりながら、話を攻略対象者に戻した。
「俺には何も言わなかったよ。午後に出直して来るらしいが大丈夫か? 追い返せなくてごめんな」
アランが殺気を本気で放てば、彼らを簡単に祖国へ追い返せた気がする。私が会いたいと思っている可能性を考えて、強引な手を使わなかっただけなのだろう。
「気にしなくて良いわ。この国は平等とはいえ、相手は王子だもの。追い返して騒がれたら、この街に居づらくなっちゃう」
私はそのことには敢えて触れなかった。ホッとしたようなアランの顔を見れば、その判断は間違っていない気がする。アランが私の気持ちを信じられるように、これからはちゃんと気持ちを伝えようと思う。
「昨日のうちに押しかけて来なかったのは、テレーゼさんが頑張ってくれたおかげかもしれないわね」
私は早々に話を反らして、作りおきのスープを鍋にかける。
冒険者ギルドには守秘義務がある。夜に押しかけるのは申し訳ないとか、そういう配慮が彼らにあるとも思えない。私の居場所は朝になって、出発前の冒険者から上手く聞き出したのだろう。
「そもそも、どうしてこの街にジャンヌがいるって分かったんだ?」
「たぶん、この街に落ち着くまで監視されてたんだと思う。私、アランみたいに人の気配を探るとか出来ないもの」
私は生まれ育った街から悪役執事の部下に付けられていた事をアランに説明した。隠していた訳では無いが、あまり思い出したくなくて伝えていなかった。
「あいつら……」
アランが魔法で焼いているハムエッグを見つめたまま殺気立つ。フライパンがミシミシと鳴っているのを聞いて、私はアランの腕にそっと触れた。アランは恥ずかしそうに笑って、少し焦げたハムエッグをお皿に盛る。
「そういえば、アランはどうして私の居場所が分かったの? ブリスさんには国境を越えたときに連絡したけど、その後の動向は知らせていないわよ?」
心配しているだろうと冒険者ギルドを通じて地元には一度だけ連絡していた。ただ、巻き込んでしまう可能性を考えて、その後の移動先はあやふやにしてあった。
「ジャンヌは、この街の冒険者ギルドに『聖女の花』を依頼したんだろう? 何代か前の聖女様の末裔で、祖国で『聖女の花』の管理をしている男性が教えてくれたんだ。ジャンヌが一人で暮らしているかもしれないからって心配していたぞ」
「そんなことがあったのね」
冒険者ギルドを通じて手に入れた『聖女の花』に添えてあった手紙を思い出す。その送り主が聖女の末裔だったことは初耳だ。今度、お礼の手紙を出そうと思う。
「勘違いするなよ。彼は俺にしかジャンヌの居場所を話していないと思う」
聖女の末裔の男性はアランに会ってすぐに、かけられた私の加護に気づいたようだ。そのため、私を助けたいと言ったアランを信じ、特別に教えてくれたらしい。私が『聖女の花』を欲したときにも、聖女の力で作った治癒薬との交換が条件だった。慎重な人なのだろう。
「でも、加護って魔石を媒介しないと一日で消えてしまうわよね。図書館の本にもそう書いてあったわよ」
私は網の上にパンを並べて焼きながら、祖国にいた頃のことを思い出す。アランに関しては毎日一緒にいたので分からないが、他の人に加護をかけたときには次に会ったときには消えていたと思う。
「知ってる。でも、遠隔で加護がかけられる聖女は過去にもいたらしいぞ」
聖女の花から一番近い街には、そんな情報も残されていたらしい。王都以上に聖女の情報が豊富だ。そういえば、聖女の花の使い方も王都の図書館には詳細が書かれていなかった。過去の聖女は、後に現れる同胞を政治の駒にされないように考えてくれたのかもしれない。
「ジャンヌ、加護をかけてくれてありがとう」
「お礼なんていらないわ。無意識だったんだもん」
「そうか、無意識か……」
アランが噛みしめるように言って照れたように微笑む。
聖女の末裔の男性は、私がアランに抱く感情を当時のアラン以上に見抜いていたのかもしれない。私は赤くなった頬を隠すようにアランに背を向けた。テーブルの上で温めたスープを取り分けていると、アランが焼き上がったパンを運んでくる。
「それじゃあ、冷めないうちに食べるか」
「うん」
アランの座る位置がいつもより近い。なんとも言えない甘い雰囲気のまま、遅めの朝食となった。
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