第32話 夜明け
私は愛しい人の腕の中で幸せな気持ちで目を覚ました。もう少しこうしていたくて頬を寄せると、アランがくすぐったそうに笑う。
「ジャンヌ、起きたのか?」
「まだ、起きてない」
そんなことを言いながらも顔をあげると、アランがすぐ近くで優しい微笑みを浮かべていた。一番良く知る顔なのに、今日は何だが違って見える。二人の関係が変わったことを自覚させられて妙に恥かしい。
目を伏せると頬に口づけを落とされた。抗議するように見つめると、アランが嬉しそうに笑って私の唇をついばむ。
「アラン、なんか楽しそうね」
「当たり前だろう? やっと、幼馴染から抜け出せたんだ。何年待ったと思ってるんだよ」
アランは冗談のように言って笑ったが、言葉は本音だろう。私も告白されてからの時間を想う。
「待っててくれてありがとう。私もアランと一緒に居られて嬉しい」
「なっ……」
私が頬に口づけすると、アランは真っ赤になった。自分からは平気でするくせに照れないでほしい。私まで顔が熱くなってくる。
ドンドンドン
「すみませ~ん」
甘い空気を邪魔するように、玄関が激しく叩かれた。アランの照れた顔を見ていたかったのに残念だ。今日だけでも玄関の音を拾う魔導具を切っておけば良かったと思ってしまう。
ドンドンドン
「すみませ~ん。どなたかいらっしゃいませんか?」
乱暴に扉を叩いているわりに、叫ばれた声に緊張感はない。急患ではなさそうだ。いつもより寝坊してしまったが、まだ約束もなしに人を訪ねて良い時間ではない。私の知る人に、そういった礼儀を無視する者など思いつかない。
私が訪問者に疑問を持ちながら起き上がろうとしたら、アランに手で制された。
「アイツ等かもしれないから、俺が見てくるよ」
アランがベッドを出ようとするので、慌てて背中を向ける。アランがクスリと笑って私の髪を撫でた。服を着込む音がして、すぐに寝室を出ていく。
「アイツ等?」
私は呟いてから、第二王子がこの街に来ていたことを思い出す。ワンピースを慌てて着込んで、玄関が見える台所の窓部に移動した。
窓の外に見える玄関先には、男性が三人と女性が一人立っていた。アランが扉を開けると、そのうちの一人がアランに詰め寄る。声が聞こえないので断定できないが、出てくるのが遅いと文句を言っている気がする。玄関の魔導具を使えば声を拾えるはずだが、アランは会話を二階にいる私に聞かせる気はないようだ。
「本当にこの街に来てたのね」
我が家の玄関先にいるのは、前世のゲームに出てきた登場人物だ。私の前世の記憶が階下にいる人物を疑う余地もなく彼らであると伝えている。二次元だった彼らが三次元になっても同一人物だと認識できるのだから不思議だ。今までにも数回登場人物に出会っているが、こんなふうに客観的に見る余裕がなかったので、その違和感に気づいていなかった。自分自身は見慣れすぎていて、二次元だった頃の印象が薄い。
「何しに来たのかしら?」
アランに捲し立てるように話しているのが騎士団長の息子、隣で申し訳なさそうに宥めているのが魔導師団長の息子で間違いない。少し後方で尊大な態度で見ているのは、子供の頃にも会った第二王子だ。悪役令嬢はしおらしい顔をして、第二王子に寄り添っている。
ここにいる攻略対象者はクライマックスの災害龍討伐時と同じ三人。悪役令嬢がヒロインの代わりに攻略したのだろう。
身につけている旅装束にも見覚えがあった。男性たちは式典に着るような装飾の多い軍服を着ている。それぞれ形が違うが、何れもゲームの中で災害龍討伐時に身につけるものだ。
それは悪役令嬢も同じだった。
「別の服を着る配慮くらいできないのかしら」
悪役令嬢はヒロインの戦闘衣装を着ている。ここまでされると、ヒロインの立場を取り戻したいと思わなくても、嫌悪感が湧いてくる。
「似合ってないわね」
ヒロインの戦闘衣装は守られることが前提なので、女の子が憧れるような動きにくいドレスだ。ゲームだから許されたが、現実ではどのように旅をしてきたのか疑問に思う。街で目立っていたというのも頷ける。
攻略しやすい三人が選ばれているのは悪役令嬢の好みなのだろうか。聖女の加護がなくて、難易度の高い他の攻略対象者は選べなかったのかもしれない。この三人なら、前世の私は目を瞑っていても攻略できる。
「私って嫌な女だわ」
つい、意地悪なことを考えてしまって、ため息が出る。私にはアランがいるのに、清楚で優しいヒロインにはなれそうもない。
外に意識を戻すと、一行が帰っていくところだった。まだ何か言いたそうな顔をしている騎士団長の息子を、魔導師団長の息子が引きづるようにして連れて行く。騎士団長の息子が抵抗できていないところを見ると、魔導師団長の息子の方が攻略が進んでいて強いのかもしれない。普通に攻略していれば、好感度と戦闘時の強さがイコールになることが多い。
悪役令嬢は第二王子にエスコートされている。私はゲームのキャラクターを画面の外から眺めるかのように、四人の姿を見送った。
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