第31話 誤解
ドカドカと部屋に入って来たのは、やはりアランだった。乱暴な行動の割に、アランはどこかぼんやりとしていて顔色が悪い。慌てて駆け寄って光魔法を使って回復を試みるが、効果はなかった。
「ジャンヌ、俺……」
アランは言いにくいことでもあるのか、途中で黙り込んでしまう。今にも消えてしまいそうなほど儚げに見えて不安になってくる。
「とにかく座って」
私はアランを無理やり引っ張って椅子の前に連れて行く。アランは抵抗もせずに促されるままにストンと座った。アランの大きな手が何かに怯えるかのように小刻みに震えている。私はアランの近くにしゃがみ込んで、強く握りこまれた大きな手を包むように自分の手を重ねた。
「アラン?」
「ジャンヌ……やっぱり、今の暮らしに不満があるのか?」
「急にどうしたの? 今の生活が大切だって言ったじゃない」
よく分からなくてアランの顔を見上げると、探るように睨みつけられた。初めて自分に向けられたアランの殺気に震えてしまう。アランも驚いたように視線を外したので、無意識だったのだろう。
「ごめん」
部屋の中に沈黙が流れる。私は問題ないと伝えるために首を振った。何を伝えてあげれば良いのか分からなくて、黙ってアランが落ち着くのを待つ。
「アイツらを呼んだのはジャンヌなんだろう? 『聖女が待っている』って言ってるのを聞いたんだ」
アランは殺気を必死で抑えるかように、拳を強く握りしめている。自分自身の手を傷つけてしまわないか、見ていて不安になるくらいだ。
「アイツらって誰?」
私はアランを刺激しないように静かに問いかけた。思い当たる相手が一人もいない。
「『攻略対象者』だよ。奴らをこの街に呼ぶなら、事前に話してほしかった」
「えっ……?」
私には、アランの言葉が理解できなかった。もちろん、誰かを呼ぶようなことはしていない。
それに、この街はゲームの舞台ではないはずだ。攻略対象者が来るなんてことが、ありえるのだろうか? まさか、ゲームの強制力で……
「こんなことになるなら、嫌われても良いからジャンヌを俺のものにしておけばよかった。ちゃんと話してからにしなくちゃって、俺は……バカみたいだ」
俺のもの!?
アランが力なく放った言葉に動揺してしまう。それって……いや、今はそんなことを確認している場合ではない。
「何があったの? 私にも分かるように話して」
私はなるべく平静を装って尋ねた。アランはポツリポツリと、ここに来るまでに見聞きしたことを話し始める。
アランが自宅にしている宿を出ると、街の人たちは
そこには聖女の居場所を受付のテレーズにしつこく尋ねる集団がいたようだ。その中の一人が孤児院に来たことのある祖国の第二王子だったらしい。
「ジャンヌ……アイツ等じゃなくて俺を選んでくれないか? ジャンヌが望むなら、俺が貴族になっても良い。苦労はさせないから……」
アランが泣きそうな顔で私を見つめている。
「頼むよ。突然やって来た奴なんかにジャンヌを渡したくない。俺は……今でもお前のことが好きなんだ」
私は言葉より先にアランに抱きついた。アランに言われた言葉を噛み締めて、恥ずかしさと嬉しさが遅れてやってくる。
「私もアランが好きよ。ずっと、一緒に居たい」
私はアランの顔も見ないままに言った。ドキドキと心臓の音がうるさい。ただ、今までとは違い、それさえも心地よく感じた。アランに聞こえてしまっても構わない。
「ジャ、ジャンヌ? 本気で言ってるのか? 今更、俺に気を遣わなくても……」
「私はアランに嘘なんてつかないわ」
私が顔を上げると、アランの瞳が戸惑いで揺れていた。私は疑われる理由が分からなくて首を傾げるしかない。
そのままじーっと見つめ合っていると、アランの青かった顔に赤みがさしてくる。私が真っ赤になった頬に視線をやると、困ったように顔を反らした。耳まで真っ赤で可愛いけれど、言ったら怒りそうだ。
「じゃあ、栞は? 何で今でも大切に持っているんだ? 俺はてっきり……」
「栞?」
「俺とジャンヌで作った栞だよ。ごめん、再会した日に見ちゃったんだ。小豆色のポーチの中に、すごく大切そうにハンカチに包まれて入ってた」
第二王子との再会の小道具として、アランと一緒に作った栞。アランと再会するまでの二年間は、唯一残ったアランとの思い出として大切に持っていた。最近はアラン本人がそばにいてくれるので、存在すら忘れていた。
「ジャンヌ?」
私は異空間バッグの中から、アランの髪色によく似た小豆色のポーチを取り出す。その中には、記憶の通りハンカチに包まれた栞が入っていた。
「私が摘んだ花で、アランが作った栞よ。王子との大切な思い出なわけないじゃない。気になるなら、アランにあげるわ」
私がハンカチごと乱暴に手渡すと、アランが慌てた様子で受け取った。
アランは高価な宝石でも扱うようにハンカチをゆっくり開く。きっと、誰との思い出として大切にしていたのか、今度は正確に伝わったはずだ。私は恥ずかしくてアランの瞳を見返すことができない。
「俺と一緒に作ったから大切に持っていたのか?」
「う、うん」
アランがあまりに真っ直ぐ確認してくるので、はぐらかすことすらできなかった。恥ずかしすぎて距離を取ろうとしたが、アランに抱きしめられて身動きが取れない。
「ジャンヌ、こっちを向いて」
優しく呼ばれて顔をあげると、アランに唇を奪われた。私が驚いて目を見開くと、アランはいたずらが成功したかのように嬉しそうに笑う。
すぐに妖艶な笑みに変わって再び口づけが贈られた。私がそれにどうにか応えていると、口づけが徐々に深くなっていく。アランの色気にあてられて、身体に力が入らない。そう思っていたら、アランに抱き上げられた。
私はそっとアランの首に抱きつくように両腕を回す。
「今までなら無意識に誘惑されても耐えていたが、ジャンヌの気持ちを知った今は、気づかないフリはしてやれないぞ」
私が小さく頷くと、アランが宝物でも抱えるように優しく私を運んでくれる。
「今までだって無意識じゃないわ。気づいていたなら、私の気持ちにもっと早く応えてよ」
「えっ?」
階段を登る間の沈黙に耐えかねて抗議すると、アランから間の抜けた声が返ってきた。私の努力は正確に伝わっていなかったらしい。
「私、アランに振り向いて欲しくて頑張ったのにな」
驚くアランが可愛くて、わざと拗ねたように言う。
「は? 本当に無意識じゃなかったのか? 肩により掛かってきたのも、潤んだ瞳で見上げてきたのも、胸を押し付けてきたのもか?」
「ちょっ……、いつの話!? 肩には寄りかかったけど……」
「やっぱり、そうだよな。誘惑に負けなくて良かったよ」
アランはため息をついていたが、どこか楽しそうだ。階段を登り切ると、寝室に入って私をベッドにゆっくりと降ろす。私を見つめるアランは、初めて見るような大人の顔をしていた。
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