第34話 対面

 食事が済むと、王子たちの来訪に備えて診療所の掃除を始める。アランは危険を考えて外で話すべきだと主張したが、私としては街で噂になる方が困る。自宅に入れるのは嫌なので、診療所の患者家族の控室で話をすることにしたのだ。


「どうする? 俺に任せてくれれば、ジャンヌは会わずに対処することもできるぞ。俺はこれでも……」


「そんなの駄目よ! 私の事だもん。アランにばかり甘えていられない。自分で解決してみせるわ」


 神官が来た際には任せてしまったが、アランに寄りかかり続ける自分ではいたくない。


「でもな……」


「お願い」


 私が箒を握ったまま見つめると、アランが大袈裟にため息をつく。こんなふうにお願いすれば、アランが断れないことはよく知っている。


「分かったよ。ジャンヌに任せる。無茶はせずに、自分で解決するのが難しそうなら早めに言えよ」


「うん!」


 我ながら強引だったと思うが、アランはいつでも私の気持ちを優先してくれる。さらに今回は上手くいかなかったときのフォローもしてくれるらしい。今のアランは頼れる存在で、弟分だなんて思っていた過去を不思議にさえ思う。


「それでね、アラン。その……」


「ん?」


「対応は私がするけど、できればアランにもそばに居て欲しいの。一人だと心細いじゃない? だめ?」


「……」


「アラン?」


 中々返事がもらえなくてアランを見つめていると、アランの顔がみるみる赤くなっていく。やっぱり、アランは元弟分だけあって可愛い。私は一瞬前の思考をすぐに否定して、照れるアランを堪能した。掃除中でなければ、抱きしめていただろう。


「……ジャンヌってズルいよな。その感じで王子に惚れられたりするなよ」


「えっ?」


 なるほど、アランは今みたいな言動に弱いらしい。私はかまととぶって首を傾げつつ、記憶をたどって心のメモに書き込む。


「それで、一緒に居てくれるのよね?」


 私は先程の自分を再現するように、アランにもじもじしながら近づいて、上目遣いで見つめた。


 うん。何も考えていなかったさっきより、完璧な角度だと思う。


「いや、今のはわざとらしいと思うぞ。『演技してます』って言ってるみたいだった」


「そうかな? 良いと思ったのに……」


 残念ながら、私の行動は詠まれてしまったらしい。最初と何が違うのか私には分からない。いろんな角度で見上げてみたが、アランは照れるどころか笑いだしてしまった。 


「何で気にするのが、首の角度なんだよ」


「アランって難しい。昔聞いたときには『これなら攻略対象者を誘惑できる』ってお墨付きをくれたじゃない」


「あの頃だって『攻略対象者誘惑できる』って言っただけだ。ジャンヌをよく知る俺の『好感度を上げる』のは難しいんだよ」


「ふーん」


 私がムスッとして見上げると、宥めるように抱きしめられる。


「まぁ、これ以上あげる必要もないけどな。どちらにしろ、ジャンヌの望みは叶えてやるから、普通に頼め」


「それはそうだけど……」


 何となく釈然としなくて、私はアランをもう一度見上げる。アランはまだちょっと笑っていて、睨んでみたけど結局つられて笑ってしまった。



 ドンドン


「すみませ~ん」


「早く開けろ! 出直してきてやったんだ。殿下をお待たせするな」


 扉を叩く音がして、アランが名残惜しそうに私を開放する。今朝に続けて再び邪魔をされたので、二人揃って微妙な顔で玄関を見つめた。一層のこと無視してしまいたいが、後が面倒なのでしょうがない。


「まだ、昼前よ」


「常識がなさそうだったからな。ジャンヌ、危ないから俺のそばを離れるなよ」


 一時的に、診療所に設置してあった加護の魔石は撤去している。彼らが家に入ってこれないと困るからだ。その分、私やアランへの護りが弱くなってしまっている。


「攻撃くらい加護で跳ね返すけど……、アランのそばにいるわね」


 私はアランと自分に人間から身を守る加護を改めてかける。それが終わるのを見届けて、アランが扉を開けた。


「お約束は昼過ぎのはずですよ」


 アランが不機嫌さを隠さずに言った。私はアランの隣にぴったりと寄り添いながら、訪問者を確認する。


 扉の前には魔導師団長の息子が立っていた。その後ろに騎士団長の息子が、第二王子と悪役令嬢を守るように立っている。護衛のつもりだろうか。


「約束の時間より早く押しかける形になって申し訳あり……」


「平民相手に謝罪なんて必要ないだろう。出てくるのが遅すぎるぞ。殿下をお待たせするとは何事だ」


 魔導師団長の息子は丁寧に頭を下げてくれたが、騎士団長の息子がその言葉を遮り捲し立てるように言う。ゲームの印象そのままだが、平民への態度は魔導師団長の息子は攻略終了時、騎士団長の息子は攻略前といったところだろうか。


「アランさんには今朝挨拶しましたが、改めまして、僕は魔導師をしているグザヴィエと申します」


「はじめまして、光魔導師のジャンヌです」


 魔導師団長の息子であるグザヴィエは、友好的な自己紹介をしたあと騎士団長の息子に視線を送る。しかし、自己紹介のバトンが受け取られることはなく、尊大な態度で無視された。ものすごく感じが悪いが、何のためにここに来たのだろう? 挨拶すらしたくないなら、他国まで押しかけてこないでほしい。


「とにかく、お入りください」


 私はこのまま帰ってくれと思いながら、近所の目に止まらないように中へと促した。グザヴィエが申し訳なさそうに頭を下げる。


 結局、自ら私達に名乗る礼儀を見せたのはグザヴィエだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る