第35話 ヒロインの力

 私たちは掃除直後の少し埃っぽい部屋に第二王子一行を案内した。


『狭い』

『汚い』

『我々をもてなす気があるか』


 騎士団長の息子が文句を言っていたが、いない者として無視をする。予定より早く来る方が悪いと思う。聖女の力で周囲を浄化する気にもならない。


 しばらく放置していると、騎士団長の息子が文句の言葉が尽きたのか、やっと静かになる。そのタイミングで、悪役令嬢が何故か私を庇うように間に入ってきた。


「わたくし達の国では平民が同席するなんて考えられませんが、この国では誰でも平等なのですわよ。ここは彼らに合わせて下さらない? 狭くて居心地が悪いのは、わたくしも十分理解していてよ」


 悪役令嬢がゲームのヒロインの言葉をアレンジして騎士団長の息子に注意をする。悪役令嬢は尊大な態度で、どこからとう見てもこの世界の祖国の貴族だが、日本の知識も持っていることを思い出させられた。


『私が食堂にいるのが気に食わないのかもしれないけど、この学園は平等が原則なのよ。ルールも守れないの? 私だって場違いなのは、十分理解しているわ』


 ヒロインが学園に通い出した直後にそんなような台詞があった気がする。本来なら私が言うべき言葉たが、貴族側の悪役令嬢に言われるとイラッとする。隣に立つアランをチラリと見るが、意外にもそんなに気にしていないようだ。短気な自分を密かに反省する。


「貴方がそうおっしゃるなら、我慢しましょう」


 騎士団長の息子は憧れのような表情で悪役令嬢を見つめている。私としてはどうでも良いが、グザヴィエが完璧な王子スマイルを崩さない第二王子を心配そうにチラチラと見ていた。



 やっと、場が収まり席に落ち着くと、グザヴィエが他の三人のことも紹介してくれる。


「私の隣にいらっしゃるのが……――」


 家名や身分に触れなかったが、それはここが身分制度のない国だからだろう。騎士団長の息子はグザヴィエを睨みつけていたが、グザヴィエはこの国の常識に合わせてくれただけだ。


 王子は悪役令嬢とともにグザヴィエと騎士団長の息子に挟まれ、守られるように座っている。私達のことを覚えている様子はないが、敵意はなさそうだ。


「グザヴィエ様、この者たちに説明してちょうだい」


 悪役令嬢が部下に指示するように言い放つ。


「いいえ、貴方様からお願いします。私はこの件には反対の立場だと申し上げたはずです」


 グザヴィエは丁寧な態度を崩さないまま、きっぱりと断っていた。それでも諦めない悪役令嬢と揉め始めて、第二王子が宥めに入る。


 その間に、アランが私にヒソヒソと耳打ちをした。悪役令嬢に戦闘経験はなく、他の三人もアランより弱いらしい。見ただけで実力が分かるアランの経験値の方が気になる。


「三人まとめてかかってきても殺さずに制圧できるから、安心して良いよ」


 アランは自信満々に言った。その言葉が実行される事態にならないことを願う。


「良いかな?」


「ええ。どう言った御用でしょう?」


 ようやく話がまとまったらしいが、意外にも王子自らが話すようだ。悪役令嬢はウットリとした表情で王子を見つめている。


「その前に、そこの君。我々は聖女殿と話がしたい。悪いが席を外してくれるか?」


「そうですわ。わたくし、喉が渇きましたの。用意してくださる?」


 第二王子の言葉に賛同するように悪役令嬢が要求する。悪役令嬢が王子にべったりくっつくと、王子の鉄壁な笑顔に優越感が混ざったように思う。悪役令嬢は王子を無事に攻略したようだ。


「気が利かなくて申し訳ありません。今、お持ちしますね」


 私はそう言って席を立つ。このまま座っていたら文句を言ってしまいそうだった。なんの権限があって、アランを遠ざけようとするのか。


 相手は誰にでも命令出来る、特権階級ではあるけれど……


「いや、君じゃなくて……」


 王子が何か言っていたが、聞こえなかったふりをする。王子たちを部屋に残して加護に満ちた自宅側に移動する。彼らから見えない安全な場所に入ると、肩に入っていた余分な力が自然と抜けていった。


「王家の方って何を飲むのかしら?」


「センブリ茶でも出すか?」


 台所で悩んでいると、アランもやってくる。


「それが良いわね」


 アランの笑い混じりの言葉に、無表情で返事をしてセンブリ茶の準備をはじめた。それを見たアランが、慌てて作りおきの麦茶を持ってくる。


「そんなに焦らないでよ。冗談に決まってるでしょ」


「ジャンヌなら、やりかねない」


 センブリ茶は胃の調子が悪いときに有効なお茶だが、苦くて万人受けするものではない。私は愛飲しているが、前世では罰ゲームで多用されていた飲み物だ。


「麦茶で良いのかな?」


「貴族は普段から紅茶やハーブティーを飲んでいるんだろう? 飲み慣れたもので比べられると面倒じゃないか?」


「なるほど、アランの言うとおりかも」


 と言うわけで、私達は二人で人数分の麦茶を準備した。前世の日本人や貴族が使うようなグラスはないが、診療所で使っているマグカップで許して貰おう。アランが運んでくれたので、私は手ぶらのまま席に戻る。


「先程も言ったが、これから大事な話をする。彼には遠慮してもらっても良いかな?」


 席につくとすぐに王子が言ってくる。それを拒否する意味で席を外したのだが、伝わらなかったらしい。イライラする気持ちを隠し続けるのは健康に良くないと思う。私はチラリと悪役令嬢を見てから王子に視線を戻す。


「も、申し訳ありません。私……こんな高貴な方々の前では、どうしても緊張してしまって……。あの……彼が居てくれないと上手く喋れないと思うんです。同席を許して頂けませんか?」 


 私は高貴な方に緊張する可愛いヒロインらしく、瞳を潤ませて上目遣いで第二王子を見つめる。王子の隣からは、悪役令嬢らしい視線が送られてきた。


「そう言うことなら同席を許そう」


「ありがとうございます。お優しいのですね」


 私は一番可愛く見える角度に首を傾ける。王子の頬がほんのり赤く染まっているのを見て、心の中でニヤリと笑った。視界の端にいる悪役令嬢は悔しさを隠しきれていない。アランの言うとおり『攻略対象者なら誘惑できる』らしい。ヒロインの力は抜群だ。この方法で今日一日乗り切れると嬉しい。


 麦茶を配り終えたアランが不機嫌そうにドカリと私の隣に座る。


 アランも演技かもしれないと納得しかけるが、机の下で手をギュッと握られて考えを改める。私はアランの可愛い嫉妬を感じて、頬が緩みそうになるのを必死で耐えた。

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