第16話 ギルド長
ギルド長のブリスは個室に私を案内すると、ため息をつきながらソファにドカリと座り込んだ。私も向かいのソファに落ちついて、小さく息を吐く。
「間に合って良かったよ」
「声をかけて下さって、ありがとうございます」
どうやら、受付のマリーが手続きを終えてすぐにブリスに報告してくれたらしい。お茶を出してくれたマリーに、私は深々と頭を下げてお礼を言った。マリーは無事で良かったと笑って部屋を出ていく。
「お前の力は特殊すぎる。いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていたよ」
「えっと……。たぶんですが、ブリスさんの想像とは逆だと思います。あの人たちはこの力が邪魔で排除したいようなんです」
「ん? だって、『また』って言っていただろう?」
確認するとブリスは大金をもらって貴族に引き取られたと思ったらしい。奴隷のように使われる事を懸念して、事情を聞こうと引き止めてくれたようだ。
「『また』っていうのも脅しだと思います。闇に紛れて殺しに来るんじゃないですか?」
「は? 意味が分からん。とにかく、詳しく話せ」
暗殺されるような話なのに聞いてくれるらしい。貴重な治癒薬を希望する分だけ卸し、ギルドと仲良くしておいて良かったと思う。怪我で引退する冒険者が減って、ブリスは恩義を感じてくれている。そう考えると巻き込む罪悪感が少しだけ減る。
「話しても大丈夫ですか?」
念の為、確認だけはしておくことにする。ブリスのことだから、悪役令嬢の素性は推測できているだろう。
「問題ないが……協力が出来るかは聞いてからだな」
ブリスは私の言葉を正確に読み取って苦い顔をした。私に過失がなければ巻き込まれてくれるらしい。
「先程一緒にいた女性が、婚約者を私に奪われるという予言を受けたようなんです。もちろん、私は奪うつもりはないですし、その男性とは数年前に一度会ったきりです」
私はそんなふうに話を変えて説明した。ブリスは険しい表情のまま聞いていたが、私がお金を寄越せと交渉した話をすると口角が上がる。
「お金を奪うところがあの院長のとこの子だよな」
「彼らは私を殺したほうが確実で楽だと思っているんですよ。生き残るには隣国に渡って婚約者に近づく気がないことを分からせるしかないじゃないですか」
私が口を尖らせて言うと、ブリスは申し訳無さそうに表情を引き締める。
「国境を渡る自信はあるのか?」
国境を渡るときに受ける筆記試験は、普通の庶民には難しい。ブリスの懸念は真っ当だろう。
「私は治癒薬作りをしていて算術もできますから問題ありません。図書館で試験問題を解いたこともあります」
私は隣国について調べる過程で、過去問も遊び半分で解いていた。何かあって逃げるなら隣国だと頭の片隅にあったからだ。アランはスラスラと解く私を見て目を丸くしていたが、日本の義務教育は偉大だ。
ブリスには正確に説明できなくて申し訳ない。ただ、文字を読み治癒薬を作れる時点で孤児としては規格外なので、信じてくれたようだ。
「アランを置いて行くつもりか?」
「……」
ブリスの方から、そこを指摘されるとは思っていなかった。アランには生活に必要な読み書きと算術を教えたが、国境で受ける試験に合格する事は難しいだろう。
Aランク以上の冒険者なら国境での試験が免除される。でも、私達のランクはCだ。Bランクは見えていても、その上のAとなるといつになるか分からない。Aランクは、実力だけでなく皆をまとめる経験値も必要とされるランクなのだ。
それに、隣国に渡っても悪役令嬢の執事が見逃してくれるとは限らない。アランをこれ以上巻き込むことに躊躇もある。
「はぁ~。それで、俺に何をしてほしい。国境までの護衛か?」
「いいえ。逃げるだけなら自分の力でなんとかできます」
これは強がりではない。第二王子の攻略を勧めていくと、悪役令嬢はヒロインの誘拐を企てる。一度は捕まってしまうヒロインだが、監禁される中で犯人グループに指一本触れられることはない。恐怖の中で聖女の新しい力が一つ目覚め、王子が助けに来るまで自分の身を守るのだ。
このイベントを忘れていてアランには叱られたが、図書館で調べて人間から身を護る加護は一通り習得済みだ。先程、本人たちにも弱いものを一つ使わせてもらったので、実戦でも効果が出ることを確認している。
「ブリスさんにはアランへの連絡をお願いしてもよろしいですか? 先程の者たちは、アランが私と行動していた事を知っています。アランが被害を受けないように、上手く警告していただきたいんです」
アランが私への脅しで人質にされる可能性がある。アランの実力は知っているが、自分に迫る危険を把握しておいたほうが良いに決まっている。
「ジャンヌの危機を伝えた上で、追っては駄目だと引き止めろってか? 護衛より厄介だな」
ブリスが頭を抱えている。
「すみません。でも……アランは国境を越える学力が無いことは自覚しているはずです。きっと、分かってくれます」
「アランが不憫だが……別の案を提示できなくてすまん」
ブリスが悔しそうに頭を下げる。相手は公爵家、あの執事は王都に近づかなければ放置してくれるような優しい性格ではない。国内で安全な場所など、どこにもないのだ。
「謝らないで下さい。声をかけて下さらなかったら、そのまま街を出ていくしかなかったんですよ。私はブリスさんに感謝しています」
「そうか」
私が微笑みかけると、ブリスも寂しそうに笑った。
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