第15話 ギルドにて
私は悪役令嬢や執事と共に宿を出て、そのまま冒険者ギルドに向かった。
「殿下とは孤児院で出会ったのよね」
「え、ええ。短時間ではありましたが、お会いいたしました」
悪役令嬢が楽しそうに話しかけてくるので、笑顔が引きつりそうになるのを感じながら一生懸命返事をする。ゲームの知識を確かめられるのが嬉しいようだ。それなら、乙女ゲームを題材にした小説のように、ヒロインと悪役令嬢の友情エンドを目指して欲しかった。
この世界の元となったゲームでは、攻略する上で障害となる人物が婚約者とは限らない。良識のある転生ヒロインなら、ブラコンの妹が邪魔をする騎士団長の息子や、頭の固い父や弟が邪魔をする魔導師団長の息子を選ぶはずだ。
私はそのつもりだったし、なぜかどのルートでも出しゃばり、いじめてくる悪役令嬢が味方になってくれるなら喜んで友達になっただろう。
もしかしたら、悪役令嬢本人はそのつもりなのかもしれないが、後ろでイライラしている執事など周りが絶対にそれを許さない。ゲームの知識があるのだから、その辺りも把握して動いて欲しかった。いや、先程の態度を思い出せば、上手く取り入ったとしても召使いにされただろうか。
「こちらがこの街の冒険者ギルドです」
私は冒険者ギルドの扉を開けて悪役令嬢たちを先に通した。場違いなほど高そうな服を着た悪役令嬢が歩くと、ギルド内にいた冒険者たちが自然と道を開ける。悪役令嬢はそれが当然のように偉そうに歩いていく。私はその後ろをペコペコと頭を下げながら進んだ。
「どうやって手続きをすれば良いのかしら?」
「お手伝いしましょうか?」
受付には顔なじみのマリーが立っていて、悪役令嬢に笑顔で対応する。チラリと私を見た顔には困惑が浮かんでいた。
いつものように会話をしたら仲が良いと思われ巻き込んでしまうかもしれない。私は申し訳なく思いながら、悪役令嬢の護衛のように斜め後ろに黙って控えた。
「お願い」
悪役令嬢はその一言で、全てを執事に任せたようだ。最初は興味津々だったが、手続きが難しそうで諦めたのだろう。
執事は黙って悪役令嬢に一礼すると、見たこともない美しいギルドカードを取り出した。私も自分のカードを受付に出すときに横目で確認したが、投資ギルドのカードらしい。金持ちしか相手にしないことで有名なギルドで、この街には存在すらしない。
「金額に間違いはありませんか?」
マリーは執事から入金額を聞いて手が震えている。私なら驚いて叫んでしまいそうだが、聞き耳を立てている周囲には聞こえないように配慮をきちんとしてくれていた。
「お確かめ下さい」
「ありがとうございます」
私はマリーからカードを受け取り、併設されたカード内の情報を読み取る魔法陣にのせる。いつも見ている情報に加えて悪役令嬢からの入金記録が表示された。変な特記事項などもなく、きちんとお金を貰えたことが分かる。
「確かに入金を確認しました。こちらをお渡しします」
私は邪魔になれない位置に移動してから栞を取り出す。悪役令嬢は嬉しそうに受け取った。
「そうだわ。わたくしにも加護を下さる? やっぱり、一度は体験したいものでしょ?」
私は悪役令嬢の言葉に呆れてしまう。自分の望みは何でも叶うと思っているのだろう。私の人生計画を狂わせておいて呑気なものだ。
「お嬢様、危険ですのでおやめ下さい」
「あら、どうして?」
執事に止められても悪役令嬢はキョトンとしている。私は思わず敵である執事に同情してしまった。
「ジャンヌ、ちょっと良いか?」
落ち着いた低い声に呼ばれて振り返ると、ギルド長のブリスがこちらに向かって歩いてきていた。この街の冒険者ギルドを任されているブリスは、ゲームの登場人物ではないが迫力がある。現役時代はAランク冒険者をしていたらしく一線を退いた今も強い。国からは独立した冒険者ギルドに所属しているし、私からみると唯一この件に巻き込んでも心配のない人物とも言える。
「どうしました?」
「君に指名依頼として頼みたい案件があるんだ。時間を貰えるか?」
「はい! でも、えっと……」
私は状況を伝えるように悪役令嬢と執事に視線を送ってから、ブリスに向き直る。このままギルドを出れば、誰にも何も告げないまま街を出るしかない。私は助けてほしいとブリスに念を送った。残念ながら聖女に念話の能力はないので、ただの比喩だ。
「失礼。お連れがいたことに気づきませんでした」
ブリスが礼儀正しく言ってから、刺すような視線を執事に送る。帰れと威圧しているのが私にも分かった。ブリスは最初から助けるつもりで声をかけてくれたようだ。それに気づかないほど、私は冷静ではないらしい。
私はブリスの殺気に冷や汗をかいたが、執事はニコニコと笑ってその視線を受け止めている。
「こちらの用事は済んだので大丈夫ですよ。ジャンヌさん、また会いましょう」
執事は意味深な言葉を残して、悪役令嬢を促すように扉を出ていく。悪役令嬢は加護が欲しいのか名残惜しそうにしていたが、執事の雰囲気に負けて言い出せなかったようだ。
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