第10話 数年後
初めて図書館に行った日から数年の時が経った。ゲーム通りなら、男爵が半年後に迎えに来るだろう。
私達は変わらず孤児院で暮らしながら、冒険者として日々を送っている。本当は孤児院を出ても良い年齢だが、お互いに利があるので院長が許してくれているのだ。
図書館で『聖女の花』の情報は得られたが、険しい北の山の奥にしか咲かない花で、その山には冒険者ランクB以上にならないと入山も許されない。冒険者Bとは上から三番目のランクだ。王子との出会いをきっかけにFランクからスタートした私達は、情報を得た当時、一つ上のEからDに上がったばかりだった。
攻略対象者は、学園でヒロインと出会うまで激しい訓練などはしておらず、一学期の終わりにBランクまで上がっていたとは思えない。コネかお金を使って手に入れたと思われるが、今の私達には難しい。
私達にできるのは冒険者ギルドの依頼をこなし、Bランクを目指すことだけだった。
そして、経験を積んできた結果、現在のランクはC。もう少しでBランクに上がれるという所まできている。これでも聖女の加護を使ったことによる異例の出世だ。
私達の住む街は比較的安全で、森の奥に行かないと強い魔獣には出会えない。日帰りで行ける依頼も少なくなり、最近は泊りがけの遠征も増えた。今日も朝から魔獣のいる森を奥へ奥へと進み、夕方になってテントが張れそうな場所に落ち着き野営の準備をしている。
「この空間が平和でありますように」
私は倒した魔獣から取り出した魔石を使い、野営に使う場所を囲うように加護を施す。魔石とは魔力の籠もった石のことで、魔獣を倒すごとに一つずつ手に入れることができる。これを媒介として使うと人だけでなく空間にも加護が使えるようになるので野営には便利だ。
私達はここを拠点に数日間留まり依頼された魔獣の討伐をする予定だ。
「今日の夕飯はどうするんだ?」
アランが集めてきた薪を組みながら聞いてくる。私がやると燃やしている途中でなぜか崩れてしまうのでアランの仕事だ。
「アランの野菜たっぷりのスープが飲みたい!」
「まぁ、良いけど。ジャンヌが作ったほうが美味しいものが食べられるのにな」
私が作ると肉を焼くだけになるが、肉が食べられれば何でも良いのだろう。
アランはがっかりした顔で、組み上げた薪に火を付けている。
二年ほど前にお金が貯まり、アランは神殿で魔法の契約を行った。剣の方がうまいが、火魔法の魔導師にもなっている。魔力が余った日は積極的に戦闘以外でも使って、経験を積んているのだ。
「今日仕留めた魔獣肉の下ごしらえをしておくから、明日にでも食べましょう」
「おう、明日の朝が楽しみだな」
アランが嬉しそうに野菜を切り始めた。それを横目に、私は魔獣を解体していく。本当は明日の夜の予定だったが、アランの要望なので明日は朝から肉になりそうだ。
魔獣肉は普通の獣の肉以上に美味しく解体するのが難しい。しかし、聖女の力はここでも役に立つ。最初は目をつぶれば美味しいという仕上がりだったが、不器用な私も数をこなしたので見た目も美味しそうに見える解体が出来るようになった。
「美味しくなーれ、美味しくなーれ」
私は歌うように言いながら血抜きしておいた肉を捌いて、ハーブと塩を擦り付ける。この言葉がお肉を美味しくしてくれる聖女の加護だ。保存を考えるなら氷魔法がほしいところだが、数日の保存なら常温で問題ない。お貴族様ならギョッとするだろうが、庶民ならこんなものだ。それに私達は万が一お腹を壊しても聖女の力で治すことができる。
今の目標は異空間に物を収納することのできるバッグを買うことだ。その中なら時を止めて保存できるし重さを感じずに運ぶ事ができる。冒険者ギルドに提出する魔獣を倒した証拠も楽に運べるだろう。
庶民には買えない値段の物だが、聖女の力で作った治癒薬は力を抑えて作っても高値で売れるので夢の話ではない。男爵に引き取られるまでに購入し、アランにプレゼントしたいと思っている。
「美味そうだな。一枚ずつ焼こうぜ」
手が空いたらしいアランが、私の手元の肉をキラキラした目で見つめている。生肉だが、アランの頭の中では美味しく焼かれていそうだ。
「やっぱり、そうなるわよね。本当は少し置かないと駄目なのよ」
「ジャンヌが解体した肉なら大丈夫だよ。いらないなら俺の分だけ……」
「食べるわよ」
私はアランの言葉に被せるように言った。冒険者を始めるまでは肉なんて贅沢品でほとんど食べることができなかった。ちょっとぐらい味が落ちても、隣で美味しそうに食べているのに見ているだけなんてありえない。
「アランが焼いてくれるのよね?」
「それは任せてくれ」
アランが手元に火柱を作る。私が肉を串に刺して渡すと、魔法で器用に焼き始めた。肉の焼ける良い匂いが聖女の加護で守られた空間に広がる。美味しいものを作っても匂いに釣られて魔獣が寄ってこないのが、聖女であることの一番の利点かもしれない。
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