第11話 望む未来
アランと二人、焚き火を眺めながら食後のお茶を飲む。夜の森は静かで、薪の燃えるパチパチという音だけが聞こえている。このなんでもない時間が、私にとっては大切で特別な時間だったりする。
アランも同じ気持ちだと良いな。
私がぼんやりとアランを眺めていると、意を決したようにカップを地面に置いて顔をこちらに向けた。
「なぁ、ジャンヌ。ジャンヌの前世ってどんな人生だったんだ?」
「急にどうしたの?」
私は予想外の質問に首を傾げる。アランにはゲームの中の話をたくさんしてきたが、前世の私について話したことはない。聞かれたことがなかったので、興味がないのだと思っていた。
「言いたくないなら別に良い」
「そういうわけじゃないけど、何をどこから話せば良いのか分からないのよ。別に面白い話でもないしね」
私の前世はありふれたものだった。ドラマや小説のヒロインになれるような瞬間もない。それに、この世界のもととなったゲームで遊んでいた十代後半までの記憶はあるが、その後どんな人生を歩んだのかも覚えていないのだ。
アランにそう伝えると内心を探るようにジーッと見つめられた。すべてを見透かされそうな瞳だが、大したことを考えていないので見ても何の参考にもならないと思う。逆に私の方が前世について聞いてきたアランの気持ちを知りたい。そう思っていると、アランが躊躇いがちに話し出す。
「この前、図書館で前世の記憶を持った人の物語を読んだんだ。そこに出てくる前世の記憶を持った人は、例外なく何らかの未練を残して亡くなった人だった」
「なるほど……。どうなんだろうね?」
前世の私の記憶は十代で途絶えている。早死にしたせいかもしれないが、私自身は覚えていないので、なんの感情もない。アランが心配そうにこちらを見ているので、何となく申し訳なくなる。
「なんだか他人事だな……」
「うーん、実際に他人事なのかも。自分の前世だって事は分かってるんだけど、映画とか、それこそゲームの中の人って感覚なのよね。その時の感情も覚えてるんだけど、あくまで私は今世の私でしかないって言うか……どう言えば伝わるのかな?」
日本人に説明するなら、長く単調な映画の記憶が何故か鮮明に残っているという感覚だろうか。私の性格もあると思うが、映画の登場人物のような前世の自分に感情移入することもない。前世からは今世に必要な
言い方を変えながら何度も説明したら、アランにも理解してもらえたようだ。それでも、残念ながらアランの顔は晴れない。
「じゃあ、何でゲームに拘るんだ? 災害龍のことだってジャンヌ一人が背負う必要なんてないのは分かっているだろう?」
私は話の意図が詠めないまま、曖昧に頷いた。
ゲーム内では学園に通う四人の生徒だけで災害龍と戦うことになった。しかし、現実世界で過去に討伐された際には、冒険者も含めて十数人の討伐隊が編成されていたのだ。
私が学園に通わなくても、災害龍が出現した際に聖女だと名乗り出て討伐隊に参加するだけで役割は十分果たせる。この国にいる有名な冒険者を集めれば、攻略対象者を一から育てる必要はないのだ。読み書きもできない状態で男爵に引き取られ、二年後に災害龍と対峙することになったヒロインと、すでに冒険者をしている現実の私とでは違う。
「ジャンヌは義妹たちみたいに『白馬に乗った王子様を待っている』なんてことはないだろう? それどころか現実主義だからマナーとかを考えると面倒に思いそうだ。だから、俺は前世の未練と関係があるんじゃないかって考えたんだ」
「失礼ね。私にだって理想のプロポーズとか、結婚くらいあるわよ」
「それは小さい頃に聞いた気がするけど……そういう話じゃなくってさ。分かるだろう?」
アランの語気が珍しく荒くなる。アランが真剣なのは分かるが、何が言いたいのだろう?
「分かるけど、それをアランがいまさら聞いてくる理由が分からないわ。お貴族様との結婚に拘るのは、もちろんお金のためよ。伯爵夫人になれば飢えを心配することは一生ない。それに慈善事業だといえば、義妹や義弟たちを養うことだって出来るもの」
孤児院には十歳未満の孤児の数に応じて国からお金が支給されているが微々たるものだ。院長がかなり誤魔化して多めに貰っていても、それだけでは孤児院に暮らす者のお腹を満たすことは出来ない。寄付は景気に左右されるため、それに頼る暮らしは不安定だ。自分より小さい子供がお金の心配をする姿は切なくなる。
「それが理由なら、苦労して貴族になる必要はないだろう? 王子が来た頃は食事の心配もあったが、今は毎日だってお肉が食べられている」
「言われてみればそうね」
アランが討伐した魔獣の肉を、私達は孤児院に持ち帰っている。私達が稼いだお金の一部も入れているので、最近は皆の表情も明るくなった。希望する子には私が加護を与えているので、冒険者をする者も増えている。
「だから、その……」
「うん?」
先程までハキハキと話していたアランが言いにくそうに口ごもる。瞳を彷徨わせるアランを見つめていると、しばらくして射抜かれるように見つめ返された。心臓がドキリとはねる。
「ジャンヌ。俺は、ジャンヌのことが好きなんだ。俺と生きる未来を考えてみてくれないか?」
「……」
突然告げられた言葉は想像したことさえないものだった。私は驚いてアランをまじまじと見てしまう。茶色い瞳は真剣そのもので、冗談を言っている雰囲気はない。どこまでも澄んでいて、疑うことさえ失礼なことのように思う。
「ジャンヌが冒険者を辞めたいなら、災害龍の討伐が終わりしだい引退しても良い。俺が冒険者を続けてジャンヌを養うよ」
「アラン……」
「孤児院が心配なら、チビ達を冒険者に育ててお金に困らないようにするつもりだ」
王子が来た頃には考えられなかった新しい道だが、今なら現実として想像することができる。アランと一緒に居られたらどんなに幸せだろう。正直に言えば聖女として学園に入り、育ちに合わない生き方をするのは不安だ。
でも……
「そんな未来、望んで良いのかな?」
「え?」
私の呟きは届かなかったようで、アランが聞き返してきたが何でもないと首を振る。
前世では乙女ゲームを題材にした小説も存在していた。そこでは私と似た境遇の転生者たちがゲームのストーリーに抗おうと奮闘する。しかし、殆どの場合、ゲームの強制力に負けて攻略対象者と出会ってしまうのだ。
アランの気持ちに応えて、このあと上手くいくのだろうか?
男爵や攻略対象者たちから逃げられるのだろうか?
聖女の力は想像以上に便利で、権力者が簡単に諦めるとも思えない。ひっそりと暮らすには、すでに力を使いすぎている。アランを巻き込んでしまったら……
「少しだけ考えさせてもらっても良い?」
「ああ。返事はゆっくりで良いよ」
アランはそう言うと、いつもの雰囲気に戻ってお茶のおかわりを用意し始める。私はアランのあっさりとした言葉に甘えて、返事を先延ばしにしてしまった。
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