第12話 悪役執事
街に帰ってきた翌日、私は孤児院の義妹たちを連れて買い物にきていた。孤児院にはお金を入れているので、内部の仕事は免除されている。それでも買い出しに付き合っているのは、孤児院にいると、どうしてもアランとセットで扱われるからだ。
『一緒じゃないの?』
『アランがどこにいるのか知らない?』
そんな雑音から離れた場所で、アランから言われたことをゆっくり考えたかった。
ドン
「すみません!」
私は人にぶつかり慌てて頭を下げる。考え事をしていたせいで、周囲への注意が散漫になっていた。
「お嬢さん。ぼんやりしていては駄目ですよ。可愛い妹さんたちが誘拐されたら大変じゃないですか?」
不穏な言葉を言われてバッと顔をあげると、身なりの良い紳士が微笑んでいた。その笑顔で前世の記憶が呼び覚まされてゾクリと悪寒が走る。
目の前にいる中年男性は、ゲームに登場する悪役令嬢の執事だった。悪役令嬢とは、私がすでに会っている第二王子の婚約者である公爵令嬢だ。
この執事はゲーム内で悪役令嬢の命令を受け、部下にヒロインを襲わせたり、公爵家の汚れ仕事を一手に引き受けている人物でもある。
偶然だろうか? いや、どう考えてもそうとは思えない。ただ、ゲーム内でこの時期にイベントなどなかったはずだ。
慌てて義妹たちを探すと少し離れた場所で、若い男性二人と笑顔で話していた。ホッとしかけたところで、私の視線に気がついた若い男の一人がニヤリと厭らしい笑みをこちらに向ける。
「我々の大切なお嬢様があなたをお呼びです。一緒に来ていただけますか?」
「か、買い物中なの。すぐには無理よ」
一度孤児院に戻って誰かに……アランに相談したかった。
「分かりました。妹さんが一人減れば、こちらが急いでいることをご理解いただけますか? お嬢様のご命令を遂行するためなら、多少の犠牲は厭いません。ピンクブロンドの髪の少女のせいで、お嬢様に良からぬことが起きるようなのですが、心当たりはお有りですか?」
私が何も言えずに固まっていると、執事が不躾に私の髪に触れる。ピンクブロンドの髪はお気に入りだが、今だけはどこにでもある髪色であってほしかった。聖女の特色なのか、ヒロインだからか、今まで同じ髪色の人物に会ったことはない。
「よ、よく分からないけどついて行くわ。あの子達を孤児院に返しくれるわよね? 誰も帰ってこなかったら、皆が私を探しに来るわよ。それは困るでしょ?」
ゲームの中のこの執事なら、人を殺すことを躊躇はしない。だが、ここで何かあれば目立つことも分かっているはずだ。
「もちろんです。頭の良い方で良かった。お嬢様がどうしても話し合いで解決したいと仰るので困っていたのです。もっと簡単な方法を知っているのですが、お嬢様の意向は無視できません」
やはり、ゲームの中と変わらない人物のようだ。悪役令嬢のためならどんなことでも進んでやる。悪役令嬢を敬愛するあまり暴走しがちで詰めが甘く、攻略対象者に罪がバレて断罪されるキャラクターだが、今の私に太刀打ち出来るだろうか?
私は震える足を必死で動かして義妹たちのところまで歩く。
「ちょっと、この方達と話があるから先に帰ってくれる?」
「ジャンヌ義姉さん? 私達も行こうか?」
勘の良い義妹が心配そうに私を見つめる。
「駄目よ! あっ、ええっと……冒険者ギルドに卸してる薬の話なの。お金が入りそうだから期待して待ってて。お肉が良いかしら?」
「お肉、食べたい!」
一番小さな義妹がはしゃいだ声を出す。その声に落ち着いてきて何とか笑顔を作ることができた。それを見て心配してくれていた義妹も納得してくれたようだ。
「じゃあ、先に帰るわね」
「うん、後でね」
私は監視を受けながら義妹たちを見送る。執事の部下と思われる若い男二人も義妹たちを追わずに私のそばにいる。何とか巻き込まずに済んだようだ。
私も一緒に帰りたい。心はそう訴えているが、孤児院に向かいたがる足を義妹たちを想ってどうにか踏みとどまった。
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