第13話 悪役令嬢
私は微笑みを浮かべる執事と話しながら、この街で一番良い宿に入った。私の頭では、ただの世間話としか思えなかったが、何か情報を抜かれたのではないかと不安で仕方ない。
執事はひと目を避けることもなく、宿の最上階にある一番良い部屋に私を案内した。前世日本とは違い身分が全ての国だ。宿の受付が目撃しているが、孤児である私がそのまま姿を消しても、ここに執事と来ていたことは誰にも漏れないのだろう。
どうにか生き残る方法を考えなくてはならないのに、半ば諦めの境地に陥る。それが逆に私を冷静にさせてくれた。
「いらっしゃい」
部屋に入ると、キラキラとしたお嬢様が待っていた。真っ赤な髪に釣り上がった瞳。幼く可愛らしい雰囲気だが、ゲームに登場する悪役令嬢で間違いない。邪気のない笑顔が逆に恐ろしい。
「お嬢様、お待たせして申し訳ありません」
「気にしなくて良いわよ。連れてきてくれてありがとう」
悪役令嬢は、設定では愛情に飢え周りに当たり散らしていたため、使用人たちに怯えられていることになっていた。しかし、目の前にいる悪役令嬢は、侍女たちに優しい微笑みを向けられている。
「ジャンヌ、座って頂戴。あなたが好きなフィナンシェとマカロンを用意したの。好きなだけ食べると良いわ。貧しいのだから空腹でしょ?」
「ありがとうございます」
私は冷や汗をかきながら指定されたソファに座る。悪役令嬢の尊大な態度はこの際置いておく。それより、名乗ってもいないのに名前を把握しているし、ヒロインの好みも知っている。予想はしていたが、これは悪役令嬢も転生者だと考えて間違いないだろう。
しかも、ヒロインがフィナンシェを気に入る話は悪役令嬢の義弟とのルートでしか出てこなかった気がする。攻略が難しいわりに特徴がなく人気のないキャラクターのルートも把握しているようなので、かなりゲームをやり込んでいると思われる。
ちなみに前世の私は攻略が難しいほど燃えるタイプだった。当たり前だが、命のかかる現実ではなくゲームだからこその好みだ。
「わたくしがここに来た理由が分かるかしら?」
侍女たちがお茶の準備を終えて姿を消すと、悪役令嬢が笑顔で話しかけてきた。執事や義妹たちと共にいた男たちは、悪役令嬢の後ろに控え、こちらを睨むように監視している。
「申し訳ありません。私には検討もつきません」
悪役令嬢の目的が分からない以上、転生者であることは隠したい。この時期にヒロインに会うはずのない悪役令嬢が何の用だろう。
「転生者じゃないのね。かなり前から冒険者をしていると聞いていたから、ゲームの知識があるのだと思っていたわ」
「……」
悪役令嬢は身辺調査をしたと分かる発言をしながら、ニコニコと紅茶を飲む。脅しや探りには思えないが、前世でよく読んだ『高位貴族は本心を隠す』というやつだろうか。悪意を向けられるよりゾッとする。
「まぁ、良いわ。あなたにお願いがあって来たの。わたくしの婚約者に手を出さないでくれるかしら? 他の相手なら別に良いのよ」
悪役令嬢は私の返事を待つようにこちらを見ている。私を転生者だと思っていないなら、なぜこの説明で伝わると思ったのだろう。
「貴方様の婚約者とはどなたのことでしょう? 私に高貴な方との交流はありません。私を別の方とお間違えではないですか?」
悪役令嬢と第二王子の婚約は、王子が孤児院に現れた年の翌年に結ばれ公にもなっている。しかし、悪役令嬢は私に名乗りもしないし、普通の平民の子供なら顔は知らないはずだ。
「わたくしの婚約者はこの国の第二王子なの。仲が良いからあなたがどんなに可愛くても、どうにもならないわよ」
「えっと……?」
ゲーム内では冷めきった関係だったはずだが、すでに攻略したという意味だろうか? 前世の知識がないふりをしている私にそんなことを言われても、返すべき言葉はない。
「もう! 面倒だわ」
キョトンとした私を見て、悪役令嬢がイライラし始める。やはり、未来の悪役令嬢だけあって前世の記憶があっても可愛いだけのお嬢様ではないようだ。
「お嬢様。差し出がましいようですが、発言をお許し頂けますか?」
執事が遠慮がちに前に進み出て、悪役令嬢のそばまでやってくる。
「構わないわ。何かしら?」
「この者は平民です。誓約書にサインを書かせるだけでお嬢様の望みは叶うと思いますよ」
「そうなの? それならお願い」
悪役令嬢はよく分かっていない顔をしながら、執事の提案を受け入れた。執事をよほど信頼しているのか考えるのが苦手なのか。申し訳ないが、後者な気がする。
執事の言葉に悪役令嬢が従うのだとしたら……
私を簡単に殺したそうな執事の目を見ると、生きた心地がしない。
「こちらをお読み下さい」
執事が私の前に紙の束を置く。悪役令嬢は興味なさそうにマカロンを食べていた。
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