第9話 国立図書館
この国の王都には、国立図書館がある。機械が発達していないこの世界では、本はとっても貴重で高価なものだ。良心的な金額で図書館に誰でも入れることは、この国の制度の中で数少ない美点だろう。もっとも識字率が低いため、裕福な者しか訪れることはない。
私達が服を新調したのも図書館の雰囲気に馴染むためだ。服が自分たちに馴染んでいない気がするが、その辺りは諦めるしかない。
私はゲーム内でよく見た立派な門を潜って受付に向かう。日本人ならお城と間違えるような門は、予備知識がなかったら入りにくかっただろう。
「二人分お願いします」
私は受付のおじさんに入場料を手渡す。恰幅の良いこのおじさんもゲームに登場するキャラクターだ。モブキャラとはいえ、ゲームの登場人物に会えてちょっと感動する。
ちなみに図書館で行われるミニゲームは、ヒロインが入場料の代わりに受付のおじさんのお手伝いをするパズルゲームだったりする。ミニゲームの結果、ヒロインの知性が上がり、強い魔法や加護が使えるようになるのだ。何故か指定した攻略対象者の好感度も上がるが、現実は別にしてゲームではよくあるシステムだろう。
「本は貴重な物だ。慎重に扱えよ」
「はい。気をつけます」
私は可愛らしさを心がけてニッコリ笑う。今は友好的でない受付のおじさんも、ゲームの後半ではヒロインの可愛さにやられて優しくアドバイスしてくれるようになる。
今も表情を少し緩めてくれたので、私の可愛さアピールも間違っていないようだ。ゲームが始まるまでには、もう少しかわいい表情の種類を増やしたい。
「ジャンヌ……」
アランが呆れたように呟いている。残念ながら弟分には効果がないようだ。
「まずは、アランに魔法が使えるか調べましょう。こっちよ」
私は気を取り直してアランをグイグイ引っ張った。アランは図書館に入ってから、どう見ても緊張している。こういうのは後回しにしない方が良い。
私は本棚の間を縫うように奥へ奥へと進んだ。
開け放たれた扉をいくつかくぐりながら進んで行くと、その先に大きな扉が見えてくる。ヒロインがよく使っていた部屋はこの先だ。
「ちょっと待て、ジャンヌ」
「往生際が悪いわね。魔法が使えなくたって死にはしないんだから、サッサと調べちゃおうよ」
「違うって」
アランにグイッと引き寄せられて戸惑っていると、近くに黒髪の少年が立っていた。
「すみません!」
どうやら、私は少年の邪魔をしていたらしい。
「気にしないで。お先にどうぞ」
少年は紳士的な仕草で私たちに先を譲ってくれる。
この扉は特別製で魔力を持つ者しか通れない。部屋の中にある魔導書を安易に一般人に見せないための処置だ。
ゲーム内でヒロインは、魔法の使えない魔導師団長の息子の腕を強引に引っ張って部屋の中に入れてしまう。かなり強引な手だが、その事がきっかけで彼は神殿にいく決意をするのだ。攻略した場合はゲーム終盤になると、かなりの水魔法の使い手に変貌する。
アランに説明したかったが、少年の好意を断るのも忍びない。
「ありがとう」
私は内心ドキドキしながら、アランの手をぎゅっと握って扉に向かう。魔法の膜を通過した気配を感じたが、何事もなく二人共部屋の中に入ることが出来た。
「やったー!」
「しー! ジャンヌ、図書館では静かに!」
声を上げた私をアランが慌てて壁際に連れて行く。そんな私達の横を先程の少年がチラリとこちらを見ながら通っていった。
「何度もすみません」
アランが謝罪すると、少年は気にするなと言うように笑顔で首を振って奥へと進んでいく。彼は水魔法の書籍のエリアに消えていった。それを見届けて、アランがフーッと息を吐いて緊張を解く。
「それで? 何が『やったー!』なんだよ。説明しろよ!」
「察しが悪いなー。アランも魔法が使えるって分かったのよ。今の扉は魔力がないと通れないの」
「俺、魔法が使えるのか……?」
アランの瞳が少年らしくキラキラと輝いている。魔法はどこの世界でも憧れの対象だ。
「私達も早く本を読みましょう。まずは、神殿にいくお金を稼ぐ方法よね」
「ジャンヌ、声が大きいって」
「ごめん。つい……」
「気をつけろ」
私は再度注意されて笑って誤魔化す。幸いこのエリアにはそれほど人はいないようだ。
「やっぱり、お金を稼ぐなら、聖女の力で作る治癒薬を売りさばくのが良い気がするのよね。薬草学の本はどこかしら?」
早くアランに神殿で魔法の契約を受けさせてあげたい。庶民にとってはかなり高額ではあるが、聖女は上手くやれば儲かる職業だ。なんとかなるだろう。
「なんでそうなるんだよ。まずは『聖女の花』の情報収集だろう? まぁ、行き先は同じみたいだけどな」
「あっ! そうだった」
私は呆れ顔のアランを見ないようにして、『聖女の花』のために薬草学の本を探し始めた。
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