第3話 前世の記憶

 私は頭に浮かんでいる知識を手あたり次第にアランに話して聴かせた。


「私って、異世界からの転生者だったの。この世界は前世で遊んだ乙女ゲームの世界で、私はヒロインなのよ。そのうち聖女だってことが発覚して、男爵様が私の父親だって名乗り出てくれるの。それでね、王都にあるお貴族様が通う学園に編入するのよ。そこで今日来てた王子様と運命の再会をして、一緒に災害龍を倒すの」


「ちょ、ちょっと待て! 知らない言葉が出てくるし、いっぺんに喋られても分からないよ」


「せっかく説明したのに……」


 私はつい口を尖らせてしまう。それを見て、アランが困ったように眉を寄せた。


「そんなこと言われてもな……」


 弟分への気安さで、無茶なことを言っている自覚はある。昼間までの私同様、アランには日本やゲームの知識などないのだ。


「もう一回、ゆっくり説明するね」


「待て待て待て! そもそも、ジャンヌには両親がちゃんといるだろう? 男爵様が父親ってなんだよ。夢でも見たのか?」


「夢じゃないわよ。未来の話。男爵様は偽物の父親なんじゃないかな?」


 私は両親の事をよく覚えていないが、近所の人の話では仲の良い夫婦だったらしい。貧しいながらも三人で幸せそうだったと教えてくれた。亡くなった両親に似ていると言われたので、親子であることは間違いない。


 これは、アランが私に付き添って生まれた地域に一緒に行ってくれたからこそ得られた情報だ。アランが知らないわけがない。


「偽物って……」


「未来の私と利害が一致したんでしょ」


 この国には明確な身分制度がある。孤児が大成するのは難しく、それこそ冒険者になって災害龍を倒すくらいしか手段がない。聖女だって見つけてもらえなければ、それまでだ。ヒロインにとって男爵令嬢になることは、貧乏を抜け出すチャンスだったのだろう。


「……俺はジャンヌが養子に行くことには反対だ」


 アランは渋い顔をする。アランの言葉は未来の、ゲームの世界で起こることに言及しているわけではない。


「この前からずっと言ってるわよね。ゲーム通りなら今回は誰からもお声がかからないし、男爵様が来るのはずっと先の話よ」


 実は今日の王子への治療魔法も同じような理由で披露することに決まったのだ。聖女ほどではないが光魔法が使える者も少ない。うまくいけば誰かが私を引き取ってくれる可能性があった。その場合、孤児院には寄付金が入るし、私にも新しい家族ができる。アランと会えなくなるのは寂しいが、皆が飢えないためには仕方がないことだ。


 私が孤児院に引き取られた前後は流行病で貧困層の人々がかなり亡くなり、この孤児院にも想定以上の孤児がいる。当時は幼かった私達も食べざかりで食費がかさむのだ。


「……」


 アランが不機嫌な顔で黙ってしまったので、話を変えることにした。私がゲームどおり男爵に引き取られるとしても五年後のことだ。そのときに悩めば良い。


「とりあえずは男爵様とか王子様は置いておくとして、災害龍だけはどうにかしないといけないわよね」


 攻略対象者たちの好感度を上げないと、ヒロインは攻略対象者とともに災害龍に殺されてしまうことになる。ゲームでは何度でも再挑戦できたが、現実では命は一つしかない。そして、肝心の好感度が現実ではどのように上がるのかも分からない。


 一般人のフリをして学園にも入らず、誰かが災害龍を討伐してくれるのを祈る方法もある。ただ、他力本願だなんて性に合わない。


 理想は聖女の力を強化して、攻略対象者がポンコツでも災害龍を倒せるようにしておく事だろう。ゲーム内ではできないが、現実なら学園に編入する前に鍛えはじめる事も可能なはずだ。


「そうだ、さっき災害龍って言ってたな。簡単に口にして良いことじゃないぞ。縁起が悪い」


 アランがわざとらしく腕を擦る。私は本のページをペラペラとめくって戻り、聖女が女神に祈りを捧げる場面の挿絵を見せた。


「簡単に口にしたわけじゃないわよ。女神様から予言を貰ったとでも思っていてよ。そのおかけで読み書きが出来るようになったし、災害龍がこの国に現れることも知ったのよ」


 アランが私の本心を探るように見つめてくる。私も負けじとアランの瞳を見つめ返した。


「……」


 しばらく見つめ合っていたが、アランがほんのり赤くなって先に視線を反らした。私に挑戦した方が悪い。睨み合いで弟分に負けるわけがない。


「それは夢じゃないんだな?」


「うん、出現は七年後よ。私にはこの力を使って災害龍を倒す使命があるの。えっと……アランに攻撃力を上げる祈りを捧げます」


 私はアランの上から光の粒をキラキラと降らせる。本当は信じてほしいという気持ちを込めた祈りだ。


「分かったよ。信じる。だから、さっきの訳の分からない話もちゃんと俺に分かるように話せ」


「えっ? 信じてくれるの?」


 私の願いが届いたかのようにアランはあっさりと肯定した。信じられない思いでアランの茶色い瞳を見ると、力強く頷いてくれる。


「ジャンヌはそんな嘘なんてつかないだろう?」


「うん。私はアランに嘘なんてつかないわ」


 嬉しいのに瞳に涙が滲む。アランが慰めるように頭を撫でてくれるので、我慢できずにボロボロとみっともなく泣いた。一人っきりになってしまった世界に、アランが探しに来てくれた気分だ。


「理解するまで聞くから、一人で暴走するなよ」


「暴走? そんなことしないわ」


「……ちゃんと相談や報告をすること。分かったな?」


「う、うん」


 結局私が泣いたせいで詳しい話はできないまま、それぞれの寝室に戻ることになった。あんなに眠れなかったのに、部屋に戻ってすぐ眠れたのはアランのおかげだと思う。

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