第4話 押し花

 一年後、私はアランとともに光魔法で照らされた夜の書庫で作業をしていた。貧乏な私達に自由になる時間は少ない。皆が寝静まったあとにしか時間が取れなかったのだ。


 今日は近所のお姉さんから聞いた作り方を参考に押し花を作成している。


 王子から貰った雑……素敵な花は、私が自己流で押し花にしたら失敗してしまった。仕方がないので、再び咲く春を待っていたのだ。


「俺達みたいな孤児が押し花の存在を知っているって設定に無理があるよな」


 アランには一年かけて思い出した前世の知識について説明してきた。根気よく聞いてくれたので、今ではアランもかなりのゲーム知識を持っている。


「ゲームなんだから別に現実味がなくても良いのよ」


「俺が押し花を作ってるのは現実だけどな」


 私が昼間のうちに小さい義妹いもうとたちの相手をしながら摘んでおいた花を、アランが綺麗に洗って一つ一つ丁寧に水分をとっている。昨年の失敗を繰り返さないために、私は見学だ。


「なぁ、何で三つも作るんだ? 王子に貰ったのは一輪だっただろう?」


「うっかり、無くしてしまったときのためよ。私の未来がかかってるんだから綺麗に作ってよね」


「人使い荒いよな」


 アランはブツブツ言っているが、花を扱う手は丁寧だ。


「婚約者がいるくせに、こんな押し花一つで恋に落ちる王子って不誠実だよな」


「分かってないな~。どこにでも咲いているような花を思い出として大事に持っているところが良いのよ。健気でしょ」


「なるほど。ジャンヌが花を摘んできて、俺が押し花にした栞。王子との大切な思い出になりそうだ」


「……」


 アランはサラリとそんなことを言いながら、誰も読みそうにない本を運んでくる。それに花を挟むつもりらしい。


「きっと、王子は貴族令嬢にはないヒロインの純粋さや素朴さに惚れるのよ」


「純粋さや素朴さ?」


 アランが顔を上げて私の事をじーっと見た。分かっている。そんなものは持っていない。


「純粋さや素朴さくらい私にも作れるわよ」


「そんなもの作るなよ」


「……どうしたの? 今日はなんか突っかかるわね。いつも協力してくれてたじゃない」


 アランは災害龍がこの国に現れると伝えたら、まずは冒険者になって聖女の力を伸ばすべきだと主張した。院長に冒険者をしたいと言ったらお金を少し孤児院に入れる条件で許可がおりたので二人で通っている。


 アランの付き添いも院長の出した条件だった。弟分なのに保護者のような扱いで何となく納得いかない。ただ、自由になるお金を得られたのも、いずれ現れる災害龍に怯えずに暮らせているのもアランのおかげだ。


「別に……俺はジャンヌに変な男と結婚してほしくないだけだよ」


「ありがとう。本命は王子じゃないから大丈夫よ。王妃になるのは大変そうだもの」


 それに、ここは現実世界だ。わざわざ婚約者がいる相手を選ぶ理由もない。


 攻略難易度のバランスが悪いゲームなので、攻略が難しかったり攻略して災害龍討伐に連れていっても役に立たなかったり、極端にハッピーエンドにするのが難しい攻略対象者もいる。逆に第二王子はミニゲームで育てすぎると一人で災害龍を倒してしまうような楽勝キャラだ。彼を選べば楽だが、彼以外にも初見で簡単に攻略できる相手が何人もいる。


 私が目指すのは、王子の次に攻略しやすい騎士団長の息子か、魔導師団長の息子だ。いずれも結婚すれば伯爵夫人だ。程よい地位もあり名門の家なので、専属の騎士を雇うこともできるだろう。


「伯爵夫人になったら、アランを専属騎士に任命するね。せっかく協力してくれるんだもの。アランにも裕福で幸せな暮らしをしてほしいな」


 ヒロインパワーで夫を誘惑すれば、私が好きに騎士を選ぶことができるだろう。生まれ育ちについて文句は言わせない。


「裕福で幸せ……俺はそれより……いや、何でもない。専属騎士の話は保留な。とにかく最後まで手伝ってやるから心配するな」


「うん。ありがとう」


 そんな話をしているうちに、アランは押し花の作業を終えたようだ。このあとは花がきれいに乾くまで待つ必要がある。押し花を挟んだ本を部屋の奥に隠して、この日のもう一つの予定に取り掛かることにした。

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