第2話 聖女の加護
その日の夜、私はゆっくりと流れ込んでくる前世の知識のせいで眠れずにいた。同じベッドで気持ちよさそうに眠る
結局、皆を起こさないように気をつけながら、ベッドのぎゅうぎゅうに詰まった部屋を抜け出した。きしむ廊下を月明かりを頼りにゆっくり進む。
私は静かに書庫の扉を開けると、魔法で部屋を明るくした。聖女や光魔導師が使う光魔法は、治療魔法だけではなく便利なものが多い。前世の記憶が戻る前からいくつか使えていたが、これからは積極的に学んでいきたい。
部屋の中には、お貴族様から寄贈された本が棚にぎっしり詰められている。読める者など院長しかいないが、本には寄贈者の名前が入っているため売り払うこともできない。
今まで誰も訪れなかったこの部屋を、私とアランは仕事をサボる際の秘密基地にしていた。ここに出入りしていても生きていくのが精一杯な状況で、読み書きを覚え知識を得ることなど考えてもみなかった。しかし、前世を思い出した今の私には、ここの知識は宝の山だ。
「やっぱり、日本語なのね」
今までは模様との区別もついていなかったが、表紙に並ぶのは前世で見慣れた日本語だ。
私はボロボロになっている本の中から、『聖女』や『祈りの加護』と書かれた本を選び出した。専門書などなく物語ばかりだが、予備知識の少ない私にも分かりやすい。
『聖女が祈りを捧げると、勇者に加護が贈られた。これで災害龍の炎も怖くない』
読み進めていくとゲームの知識も呼び覚まされて、書いてあること以上に知識を得ることが出来た。
この世界の元となっているのは、ヒロインが好感度を上げて、攻略対象者とハッビーエンドを目指す、よくある乙女ゲームだ。特筆すべき事といえば、最後に攻略対象者が好感度の高い順に三人選ばれ、聖女であるヒロインと共に災害龍と戦うことだろう。
災害龍とは、文字通り災害と呼ばれるような被害をもたらす龍の事だ。突然現れて街を破壊し作物を焼く。うまく討伐できなかった場合には国が滅びることもあるのだ。冒険ものの絵本にもなっているので、誰でも知っている恐怖の象徴だ。孤児院でも慰問に来た女性が絵本を読んでくれたので、今世の知識の中にもある。
災害龍との戦いの伏線なのかもしれないが、このゲームは会話の選択だけでなく、二つあるミニゲームでも好感度を上げることができる。その一つは戦闘ミニゲームで、簡単に言うと攻略対象者がヒロインの加護をもらって戦うというものだ。ミニゲームの結果により攻略対象者の戦闘能力が上がると、そのまま好感度に反映される。
私は試しに本の挿絵を参考にして、ちょうど開いた扉に向かって祈りのポーズをとった。光魔法を使う光魔導師には使えない、聖女独自の魔法を祈りの加護と呼ぶ。それを使ってみようというわけだ。
「アランに防御力を上げる祈りを捧げます」
発した言葉はゲーム内のヒロインのセリフだ。本来加護を贈る相手は違うけれど……
「廊下を歩く足音が聞こえたと思ったら、やっぱりジャンヌだった。こんな夜中に何してるんだよ」
入り口に立つアランが呆れた顔でこちらを見ている。記念すべき一回目の加護はアランに贈った。アランはキラキラと降り注ぐ光に包まれて神々しい。どうやら、上手くいったようだ。
「私って聖女みたいなの。だから、ちょっと調べてたのよ」
「ふ~ん、いつもの光魔法とは違うのか?」
アランは不思議そうに光を見上げるだけで反応が薄い。ゲーム内では聖女の誕生は百年ぶりだと学園長が騒いでいた。知識がないアランがこんな反応になるのは当たり前だが、驚いてくれないと張り合いがない。
「全然違うのに……この本見てよ」
私がムスッとして見上げると、アランは仕方がないというように隣に座った。私が挿絵を指差すと、しばらく真剣な顔で眺めてから首を傾げる。
「ジャンヌが絵と同じ格好をしてたのは分かるけど、文字が多くてさっぱりだよ。ジャンヌだって……」
「それが私には読めるんだな~。この本にはね、聖女と勇者の物語が書かれているのよ。何で読めるか知りたい? 知りたいでしょ? 聞いてくれるよね?」
「お、おう」
アランは私の勢いに押されて頷いた。前世の知識は一人で抱えるには重すぎる。誰かに……アランに聞いてほしかった。
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