悪役令嬢を恐喝したヒロインは、バッドエンドを突き進む

五色ひわ

本編

第1話 一輪の花

 私は見目麗しい少年が差し出した一輪の花を見て、雷に打たれたような衝撃を受けた。突如として、日本で平和に暮らしていた前世の記憶を思い出したのだ。


 ここは乙女ゲームの世界。私は聖女の力を宿したヒロイン。そして、目の前にいるのはメインヒーローであるこの国の第二王子だ。


「ありがとうございます。一生の思い出にします」


 私は自分が一番可愛く見える角度で笑うと、王子のささくれ一つない手にわざと触れながら花を受け取った。


 私の手も卵のようにツルンとしているが、その不自然さに気づいた様子もない。聡明な王子という設定のはずだが、この国の将来が不安になる。残念ながら、ゲームのヒロインのように恋に落ちるのは難しそうだ。


 私は王子が頬を染めたのを確認して、心の中でニヤリと笑う。予定通り、相手の心は掴んだようなので、なんの問題もない。


 ここが乙女ゲームそのままの世界ならば、孤児である私は五年後の15歳のときに男爵家に引き取られ、しばらく領地で教育を施された後に王都の貴族のみが通う学園に編入することになる。日本で言うところの高等学校にあたる場所だ。


 そこで、今受け取った花を押し花にした栞を落とし、王子が拾ってくれることで物語が始まるのだ。


 つまりは、このどこにでも咲く雑そ……花は再会のアイテムであり黄金よりも価値がある。


「僕も今日のことは忘れないよ」


 王子は、はにかんだ笑みを浮かべると、迎えに来た豪華な馬車に乗って去っていった。私は王子が見えなくなるまで健気な少女を演じたまま手を振る。どうやら、五年の我慢で貧困から抜け出せるらしい。


「ジャンヌ、何企んでるの?」


 弟分のアランが隣で同じように笑顔を振りまきながら、ガサガサの手で私の服を引っ張る。働き者のアランの手の方が王子の手よりよほど美しい。


「ジャンヌ?」


「何も企んでいないわよ」


 アランはそのまま黙ったが、一行が見えなくなると私を胡散臭そうに見つめる。アランには、私の本心が透けて見えているようだ。



 私達の住む孤児院は、王都から馬車で半日ほどかかる程よい田舎町にある。乙女ゲームによくある、日本人が想像する中世ヨーロッパの田舎を適当に思い浮かべてくれれば良い。そこが私達の住む街だ。


 間違っても世界史の知識を持ち出すとか野暮なことはやめてほしい。世界共通語が日本語そのままという、設定の甘いゲームの中なのだ。


 私はそんな場所で前世のことなんか知りもせずに暮らしてきた。両親ともに流行り病で亡くしてからは、ずっと孤児院暮らしだ。


 そんなところに王子がやって来ることになった理由は正直分からない。私達がその騒動に巻き込まれたのは、一週間前に領主が慌てて孤児院にやってきたことが発端だった。


「やんごとなき身分のお方がお見えになる。孤児の中から会わせても問題ない者を選別しろ」


 それを聞いた孤児院の院長が選んだのが私とアランだった。領主は純粋無垢な子を望んだのかもしれないが、院長の考えは逆だった。どちらかというと小賢い私達を選んで、寄付金を多く得るための作戦を立てることにしたのだ。


 流石に普段の孤児のままでは、王子にはきついだろう。領主に交渉して一週間礼儀作法を学び、侍女に清潔に磨きあげられて今日と言う日を迎えた。


 現れた王子は世間知らずの良い子で、驚くほど順調に接待は進んだ。私はよく洗ったボロボロの服を着て、修繕が必要な場所の前をさりげなく通過する。


「ガラスが割れているじゃないか!」


「お見苦しいところをお見せしてすみません。院長は冬になるまでにはどうにかすると申しております」


「大丈夫です。少し食事を我慢すれば直せると聞いています」


 純粋な王子は憐れむような視線をこちらに寄越す。私とアランは恥ずかしそうに縮こまって、その視線を受け取った。笑いそうになってアランに軽くつねられたが、アランだって顔が不自然に引き攣っている。それなのに、簡単に騙される王子が逆に心配だ。


 最後にかけっこをして王子が転んだときには、上手くいき過ぎて怖くなった。予定ではアランがわざと転んで怪我をするはずだったが、それより効果的だったと思う。私の特技を披露するために……


「大丈夫ですか!?」


「大事ない。私が勝手に転んだのだ。この者たちを罰してはならないぞ」


 王子が護衛たちに声をかける。当たり前だろうと心の中で突っ込みながらも、王子も大変なんだなと同情した。


 アランが脇を突っつくので、私は息を大きく吸う。


「私で良ければ治療します。治療魔法は得意なんです」


「こんなところにいる子供が治療魔法なんか使えるわけがないだろう」


「孤児の手を王子に触れさせるなんて考えられない」


 護衛やお付きの人が口々に苦言を呈する。こうなることは想定済みだ。この世界で魔法を使えるのは貴族がほとんどなのだ。その中でも治療魔法を使える者は少ない。


 私は大人たちの反応を無視して、近くの枯れ草に触れる。


「元気になって!」


 私が王子の存在を意識して可愛い声で言うと、枯れた草がみるみる元気を取り戻した。


「素晴らしい力だ」


 王子が受け入れたのを確認して、私はアランをチラリと見る。小さく頷くので、跪いて王子の擦りむいた膝に治療魔法をかけた。


「見事だな」


「恐れ入ります」


 傷はきれいに治り、王子は嬉しそうに立ち上がる。そのお礼にと冒頭のように花をもらったわけだ。


 私の手が卵のようにツルンとしていたのも、王子に触れる際に嫌悪感を抱かせないための演出の一つだった。すぐに荒れる手に治療魔法をかけるのは面倒だったが、私たち孤児を見る大人たちの目を思い出せば必要なことだったように思う。

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