§ 7ー2 3月19日① 光の中へ
--東京都港区・某テレビ局--
スタジオの舞台袖。着慣れない羽根があしらわれた白のスーツ。心臓がドクンッドクンッと激しく高鳴る。
右手には彼女の左手。薬指にはめられたピンクダイヤの指輪の感触。強く、強く握られたその手からは彼女の鼓動が伝わる。鼓動が交わる。
「よし! 順番だよ、颯太。彩」
インカムで合図を送る舞衣。それは始まりの
「さぁ行こう、彩。約束のときだ。最高に楽しもうよ」
彼女も笑う。「うん♪」と
そして、扉に手をかける。力いっぱいに押し開ける。
♦ ♦ ♦ ♦
パンドラの衝突。世間はこれを既定事実と受け入れていた。
1年間、見えぬ恐怖に
先はない。将来はない。未来はない。何も残らない。
先のない世界の住民たちは生きる理由を失っていた。
これ以上の犯罪や暴動、または自死による
そこは
全人類を1つの生物としたとき、1人1人がそれぞれの細胞となる。その1つ1つの細胞が今、不健康になり弱体化し、
食糧不足が感情的になる気力さえ奪う。どうすることもできないという
終わりを受け入れた世界は、ただ静かに終わろうとしていた。
♦ ♦ ♦ ♦
--前日(3月18日)・喫茶ル・シャ・ブラン--
「よ~し、集まったなー」
みんな少し
「この4週間。みんなホントに、ホントにありがとう。おかげで曲も完成しました。感謝してもしきれないです」
深々と頭を下げる。ただひたすら走り抜けた日々。こんなに音楽に向き合うのは初めてだった。
みんなやつれていたが、優しい笑みを浮かべてくれた。久弥とルミ先輩はテーブルに
「ホントにみなさん、ありがとうございました。心から感謝してます。それで、お礼という訳じゃないんですけど、カレーライスを作ったので、後で食べてくださいね」
「カレー!?」
彩の言葉に、久弥が目覚める。
「ね、ねぇー。それって、今食べちゃダメ?」
「大丈夫ですけどー、今でいいのかな?」
彩が困り顔でこちらを見る。
「オサムさん、先に食べません? お腹満たさないと話が進まなそうですし」
「そうだなー。ルミも食べれば目覚めるだろうし、そうするか」
「よっしゃぁ!!」
一番頑張ってくれた久弥のことを無碍にもできない。早速キッチンに向かって準備をする。仕込みも終わって、昨日から準備をしていたので温めなおすだけでいい。お米も
カレーの材料は、母さんが先日長野から送ってくれた。ジャガイモ、にんじん、玉ねぎ、鶏肉、白米等々、段ボールいっぱいの食材の中に手紙が一緒に
【ちゃんと食べてますか?
彩ちゃんと一緒に食べてください。
どうか、お身体をお大事に。
母より 】
母さん、ありがとう。電話を掛けて感謝の言葉を母に述べる。久しぶりに聞いた母の声は懐かしく、少し寂しくなった。親父も凛も元気だと聞いて、こちらも彩と彩のお母さんが元気でいることを伝えると、母が涙声になっていた。
ただ生きている、というだけで心から嬉しく感じてしまう。今はそんな世の中なのだ。
みんなで食べたカレーライスは、少し
…………
「じゃぁ、お腹も満たされたし、明日のことを話すぞー」
珍しくオサムさんが司会進行で話が進められる。にやけ顔なのが気になる。
「えー、まずは2人が歌う場所だが、テレビ○○の20時からの音楽番組・ミュージックアースの生放送になった」
「は?」小首を
「全国放送だから、思う
『いい仕事しただろ?』としたり顔で、右手で親指を立てて、いいね、の形を作る。ルミ先輩までにやにやしている。
テレビ? 生放送? 全国放送? 理解が追い付かない。
「くっくっくっ……あっはっはっ♪
ルミ先輩まで楽しそうに言う。こういう展開のときは、もう
「なんだ、颯太? ビビってるのか? この前言ったことはその程度で
確かに言った。オサムさんにアドバイスをもらいに行ったときにだ。『叫んでやりますよ。好きだってね』と。
♦ ♦ ♦ ♦
--3週間前(2月26日)・都内・豪徳寺宅--
「まったく、しょうがねえ
そう言われて、まだ当たり前に動き続ける電車に乗り、地図アプリを頼りに指定された場所までやってきた。【豪徳寺】と書かれた木製の立派な表札がかかった玄関の先には、どこぞの
「まぁ、上げれや、颯太」
お邪魔します、と上がり込む。こっちこっちと
地下に続く階段を下った先には、楽器の
「じゃぁ、早速話を聞こうか、颯太」
背もたれを前にして座るオサムさん。おれも置いてあった椅子に座り、ペットボトルの水で口を
「オサムさん。おれのギターには何が足りないんですか?」
「あー、ルミが言ってたことだよな? まぁ、そうだよな。音で分かるからな」
「音で、ですか?」
「そう」
そう言って置いてあるクラシックギターを手に取るオサムさん。
トゥルトゥルトゥルトゥル、トゥイィィ~~ン♪
軽く弾いただけなのに、空気が緊張感を
「颯太。おれはさ、ギターを弾いているなんて思ってないんだよ。弦を震わせるのは喉の声帯を震わせるのと同じ。音を鳴らすのは声を出してるのと一緒なんだよ」
「声を出すのと同じ?」
「そうだ。颯太のギターだって声を出してるだろ? 『みんな頑張れー。おれがバランス取るからさー』ってな。いつものベースならそれでもいいんだけどな、2人でやるならそれじゃダメなんだよ。わかるか?」
「それじゃダメ、ですか? ……おれは彩の歌に
「颯太ー。お前、あの娘を一人きりにするつもりなのか?」
「え?」
「
「ちゃんと舞台は整えてやるから、そこで目いっぱい叫んでやれ。彼女が好きですってな」
茶化して言ってる訳じゃない。真剣な目をしている。おれはその目に応えなければならない。オサムさんの瞳を見つめる。
「えぇ、叫んでやりますよ。好きだってね」
…………
帰り際に別の部屋に案内された。そこは応接間で、机の上には何やら装飾された箱が置かれていた。オサムさんが無造作に箱を開けると、そこには色とりどりの宝石が保管されていた。
「好きなの選びな。こんな世の中じゃ、なんの価値もない石ころだけど、お前が彼女に送るなら、価値が出るからな」
赤・青・緑・透明……。明らかに高価な宝石たち。数十万円、数百万円はするものなんじゃないか?(汗) 到底、軽い気持ちで選べるものではない。
「いやいや、そんなの選べませんよ」
「お前、そんなことで好きな女を
『好き』とか『口説く』とか、恥ずかしくて顔が真っ赤になる。
「ち、ちなみにこの青いのは使うから、他のを選べよ。指輪にするから、後で彼女の指のサイズを測って連絡してくれよな。なるはやでな」
珍しくオサムさんが
「じゃぁ、お言葉に甘えて……。ん~、これ、なんていいかな」
指を刺した先にあるのは、薄いピンク色したダイヤモンドだった。
♦ ♦ ♦ ♦
TV局の番組の件は、オサムさんが無理やり
昔、オサムさんがいたバンド『Made In Earth』と舞衣がこの番組に出ることが事の
『Made In Earth』のメンバーは「いいよー。オサムが言うならおもしろそうだしね」と簡単にOKがもらえたらしい。舞衣に関しては「も、もも、ももも、もちろん、い、いいですよ、オサムさん」と当然のようにOKが出た。また、その番組の司会をする女性アナウンサーに話をつけておくと舞衣が言っていたらしい。
衣装は3バカトリオの御三方が用意してくれた。白く派手なスーツにドレス。これを着るのかと恥ずかしくなる。
「「「エレガント~♪」」」
と言う御三方の
そして、作戦はもう1つ計画されていた。それは、相模原市にある
「だって、すべてに伝えるんだろ? じゃぁ、宇宙の
さも当たり前だろ? と顔をするオサムさん。さすがにみんな「は?」と驚いた顔をする。
「ん? 大丈夫、大丈夫♪ 知り合いもいるし、余裕だって」
また決め顔をするオサムさん。どうせ最後だと、覚悟を決める。そして、当日は2つのチームに分かれることになった。
TV局班は、颯太・彩・久弥・てっちゃん・舞衣。
この2チームで計画を実行することになった。
世界の最後。若者たちの最後の青春が動き出す。
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