§ 7ー3  3月19日②  果たされる約束



--神奈川県・JAXA相模原キャンパス--



◇15:02 大学正門前集合


 大学正門前に集合したJAXAジャクサ班の4人。軽音楽部副部長の海老名えびな瑠美子るみこ登戸のぼりとセラ・伊勢原いせはらルカ・向ヶ丘むこうがおかエル。大きな黒いバッグ3つと共にスーツ姿でサングラスをして立ち並んでいた。

 そこに現れたアイスシルバーのクロスカントリー4WD。運転席には軽音楽部部長の豪徳寺ごうとくじおさむが、これまたスーツにサングラス姿で座っている。4人の前に停車すると、ドアウィンドゥが降りる。


「よし、行くぞ」


 その掛け声に、静かにうなずき荷物を持って乗り込む4人。助手席にルカ先輩。3バカトリオの御三方が後部座席に座る。カーナビゲーションに目的地を入力・設定し車を走らせ出す。



◇16:27 道中


 走らせた車は首都高に乗る。一般道も高速道も車はほとんどなかった。高地に避難した者が多いのもあるが、石油の価格があまりにも高騰こうとうし、ガソリンを給油するのが困難になったのが大きな理由だろう。移動する者は公共交通機関を利用する。主に電車だ。


 八王子のジャンクションを経由し、相模原愛川インターチェンジで高速道から降りる。そらにある黒い惑星は、刻一刻と近づき大きく見えていく。世界には残された時間は少ない。


「私たちはこんなことしててよかったのかな……」


 珍しく弱気なことをつぶやく副部長。その頭をポンポンと軽く叩く部長。


「おれは楽しかったぞ、ルミ。そして、まだ終わってない。フィナーレはここからだ。最後にこんなにワクワクすることができる。悪くないよ」


 サングラス越しの目は優しく輝いていた。



◇19:21 相模原キャンパス到着


 JAXAジャクサ(宇宙航空研究開発機構)の相模原キャンパスの入口に着いた頃には、すっかり夜になっていた。入口の門は空いており、入ってすぐの敷地内の駐車場に車を停める。


 オサムさんがスマートフォンを取り出し、電話をどこぞに掛ける。『あぁ、今着いた。……あぁ、……そう、……よろしく』と通話を切る。そのまま待機していると、トントンと車の窓が叩かれた。そこには黒縁メガネをかけた白衣の若い男が立っていた。窓を下げる。


「よぉ、オサム。久しぶりだな」


「おー、大輔ダイスケ、久しぶり。それで、今日は大丈夫そうか?」


「まったく無茶なこと言いだしやがって。手配が大変だったんだからな。でも、若いやつらもノリノリでさ。最後だから勝手にやっちゃおうぜ、って。俺らも宇宙に関わる仕事をしてるからには、何か残したくてさ」


「この短い期間でさすがだな。よし! 時間もないし、早速行こうか」


 この男は湯本ゆもと大輔だいすけ。オサムさんの旧友で、大学卒業後、JAXAに入職した秀才だ。彼が認められるきっかけとなった卒論で、オサムさんが面白がっていろいろ口出ししたことが彼の思考に随分ずいぶんと刺激になったらしく、職場以外で気軽に宇宙の話ができる貴重な友人としてしたしくしているとのことだ。


 「はい、これを首から下げて。入館証ね」


 青いネッグストラップを全員首にかける。サングラスを取り、御三方がバッグを持ち車から降りる。


 さぁ、ここからだ。



◇19:45 研究・管理棟侵入


 職員である湯本を先頭に列を成して歩いていく。しばらく歩いて敷地内の一番大きな棟に入っていく。玄関にいた警備員に、御三方がにっこりスマイルを送りながら通り過ぎ、白い廊下を進んでいく。「ここだよ」と湯本は職員証をリーダーにかざし、ピッと音が鳴った後にキーを入力して扉を開ける。

 そこには正面に巨大なモニターがそなえ付けられており、それぞれの席には細々こまごまとモニターやらメーターやら入力用キーボードが並んでいた。部屋には他の職員が4人いて、こちらを見ている。


「ここが管制センターだよ。安心してくれ。ここにいる全員、共犯者だからさ」


 みんな、にやっと笑う。湯本と同様、世界の最後に何かしてやろうって思っている不届き者の集まりらしい。オサムさんもにやっと笑い、親指を立てて、いいね、をする。


「よし、じゃぁ、信号機の3人。計画通りに頼むぞ」


「「「オフコ~ス♪」」」


 とよくわからないポーズを決めた後、バッグを1つ残して部屋から出て行く。オサムは残ったバッグを開けて、中からガムテープやらロープを取り出すと、ドアを中から物理的に施錠せじょうする。


「よし! じゃぁ、みなさん。計画通りに協力お願いしまーす」


「任せとけ♪」


 各自持ち場の席につく。時計を見ると20時03分。巨大モニターでTVを映す。


 そこには音楽番組・ミュージックアースの司会を務める新人アナウンサー・成城せいじょう紗良さらが映し出された。




   ♦   ♦   ♦   ♦




--東京都港区・某テレビ局--



 握られた左手。開かれた扉。白い光の中に引き込まれる。


 色を持った颯太が白のスーツを着ている。その分、颯太の心の色がよく見える。淡いオレンジ色。緊張と期待が混ざった色。きっと私自身の色が見えるなら、同じ色をしているんだろうな。だって、繋いだ手から伝わる颯太の鼓動のリズムが、私の鼓動とシンクロしているから。


 光の中には、舞衣ちゃんがいた。色は水色。楽しんでくれているけど、歌えないことへの寂しさが混ざっている。これは本心が色で分かってしまう弊害へいがいだ。

 それでも「ごめんね」とは言わなかった。ずっと私の歌唱練習に付き合ってくれてすっかり打ち解けていたけど、それだけは言えなかった。私は決めたから。


 罪に逃げないことを。


 …………


 舞衣ちゃんの歌声は、雪解け水のように透き通っていた。そのときの色は青蘭せいらん。暗いがあざやかなあい色。言葉に混ざる寂しさをその心で濾過ろかして発しているような声の在り方。きっと色が見えなくてもその音を聞いた人の心に染み渡っていく。それがかすかに残る余韻よいんになっているのだろう。



 発声練習や腹式呼吸、音程・リズム・声量の取り方。こんな時なのに、ホントにって教えてくれた。


 どうしても気になって聞いてみたの。舞衣ちゃんに。


「舞衣ちゃんは好きな人がいるの?」って。


「いるよ。でも、ダメなんだ……」


 大学に入る前から好きな人。その人の音にかれて、近づくたびにドキドキして、少女のように言葉にまってしまう。でも、叶ってしまってはダメな恋だと思っている。

 それは、自分の声に宿やどるのが、叶わぬ恋への悲哀ひあいだと解っていたから。私には青空の下、明るい場所に咲きほこる花々の喜びは歌えない。きっと距離が近くなれば、私の声からあの人が認めてくれた音が消えてしまう。私への関心が無くなってしまう。それが一番怖い。だから、ダメなんだ。


 舞衣ちゃんの気持ちが解ってしまう。近づきたいのに、近づけないジレンマ。だから、私は歌うよ。舞衣ちゃんが歌えなかった花々の喜ぶ歌をさ。


 そのために、私は罪に逃げるのを止めたのだから。


 黒でおおうのを止めたのだから。


 …………


 目が合った舞衣ちゃんと一瞬微笑ほほえみ合って、右手で軽くハイタッチをわす。がんばるからね、舞衣ちゃん。



 スタジオ内はカメラが何台もあり、マイクがあり、スタッフの人たちがあわただしくしていた。その後ろの壁際には『Made In Earth』のメンバーがこちらを見て、軽く手をげ合図を送っている。それに対して颯太が軽く会釈えしゃくするのに合わせて、私も頭を軽く下げる。



 インカムから声が響く。


「颯太くん、彩ちゃん。準備は大丈夫?」


 紗良さんの声。颯太の顔を見る。


「紗良さん、元気そうだね。あぁ、準備はOKだよ」


「……なんか変わったね、颯太くん」


「もうあれから1年以上経ってるんだよ。それは変わるよ。こんな世の中でもあるしね」


「そっかぁ……、じゃぁ、この後お願いね。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 遠くから見ていた成城紗良は、このとき見たかったものが見れた。失ってしまった父の目の輝きを。自分に向けられていなくても、その目の輝きがそこにあることが嬉しかった。




   ♦   ♦   ♦   ♦




「それでは、次の曲になります。では、第4スタジオ、お願いしまーす」


 成城紗良の掛け声で、画面が切り替わる。映ったのは、『Made In Earth』と舞衣の姿。『Made In Earth』のヴォーカルのKaitoがマイクを口元に運ぶ。


「えー、こんばんはー、みなさん。僕たちとこちらの千歳舞衣さんは歌わなくなりましたー。世界の最後に僕たちの曲を聞こうと待っていてくれた人、ごめんなさーい。その代わりに、僕たちの曲より心に残る音楽を届けてくれる2人に歌ってもらうことになりましたー。僕もドキドキしてます。せっかくなので最後まで聞いてあげてくださーい」


「じゃぁ、いってみよっか。白い翼で最後の空を飛ぶ天使の歌。白い両翼レゼルブランで【彩りクロレ】」


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