§ 6ー3 2月13日 剥き出しの本能
発狂。
そう、世界は終わりまでの時間を持て余していた。病魔での余命のように、日に日に終わりに近づくのが体の調子で分かるのであれば、苦しみ
終わりを
パンドラの接近による実際の影響は、今のところ海面の水位と磁場に若干の変位が見られるだけであった。しかし、人間社会はその機能を
現実を誤魔化しきれずに、絶望する者。
現実をぼかし過ぎて、逃避する者。
現実に意味を付加するように、懸命に過ごす者。
現実に救いを信じて、
そして、智恵の実の罰を放棄し、本能に支配された
天体衝突まで、残り40日余り。失いつつあったバランスの糸が、耐えきれずについに断たれようとしていた。
♦ ♦ ♦ ♦
--神奈川県・横浜近郊--
「
「ちょっと待ってぇ~、お母さーん」
「おい、颯太。もう少し下の方を持ったほうがいいぞ」
「うん、この辺?
朝から始まった荷作りで、生田家はバタバタしていた。
近所では空き巣の被害や、救急車のサイレンが頻繁に鳴り響いていた。警察や医療機関、鉄道、電気、ガス、水、通信などは当たり前にまだ機能している。「どんなにこれがすごいことか分かるか?」という父の話を実感できなかったのは、
インフラ機能は
「おい、颯太。お前は暇だろ? 配給取りに行ってこい」
父に言われ、
配給をしている区役所に着くと、そこには長い列ができていた。寒空の中、みな不機嫌な表情を浮かべている。慣れた足取りで最後尾に並び1歩1歩列が進む中で噂話が聞こえてくる。
「○○のスーパーに明日、ティッシュペーパーが入荷するらしいわよ」
「△△の倉庫にはまだ冷凍のお肉があるみたいなのよ」
「二丁目の□□さん、お水を何十箱も買い
SNSを見ても、本当かデマか分からない物資の入荷情報が飛び
でも、人は信じてしまう。生存本能が生きることへの無関心を許さないのだ。少しでも生を延ばせるなら、それに手を伸ばさずにはいられない。そうできているのだ、人は。
1時間ほど待って手に入れたのは、野菜・果物・缶詰・水・米。今日は卵が1人に1個
帰り道。パトカーが
…………
シャッターの降りたコンビニを曲がったときだった。
「やめてください!」
「いいから、手を放せ! このっ!」
昼下がりの
「彩!!」
自転車を放り出し、一目散に
「おい! 離せよ!」声を
「颯太!」驚く彩。
「んん? なんだてめぇは! 邪魔すんな」
バッグから手を放し、腕を払ってこちらを
「うわわぁぁぁ!」
体内の血液が黒ずんだような負の感情に身体が突き動かされる。男に加減もなく突っ込んだ。タックルのようにぶち当たると、男を突き飛ばして、共に倒れ込む。
「ぐはぁ」と
バゴォ! 感触のあと、拳が熱くなる。
バゴォ! 必死に防ごうとする腕の上から殴る。
バゴォ! 防ぐ腕の間から顔面を
「颯太!!」拳をより高く振り上げたところで、彩の声が耳に入った。そこで我に返り、男を見下ろすと両腕で顔を隠し
「はぁ、はぁ、大丈夫か? 彩」怒りは収まり、ハッとし振り向く。
「…………」目を見開いている。目の前で見た生々しい暴力のせいだろう。
「怪我は? 何か取られたものは?」立ち上がり、大丈夫なのか体を
「……颯太……」ここで気が抜けたのだろう。目が急に
「もう、大丈夫だから。心配ないから」
「うん……」
「何か取られたりしてないか?」
「うん……大丈夫」
♦ ♦ ♦ ♦
--神奈川県・生田家--
「はい、彩ちゃん。こんなものしかないけど、ゆっくりしていってね」
「……ありがとうございます」
母が彩の前に置いたのは、ホットレモネードと3枚のクッキー。彩はそれを見ると
「……この味、懐かしいな」目だけではなく、表情が緩む。
母も
「あ! 彩姉♪」居間に飛び込んできた凛が彩の横に座る。
「凛ちゃん。これ、一緒に食べよ」手のひらでクッキーを進める。
「うん♪」遠慮なしにクッキーを1枚
「ほら、颯太も食べようよ」こちらを見る彩。
「あぁ、ありがとう」彩の気持ちに
そんな光景に母は微笑んでいた。
バッグを取られそうになり、気落ちしている彩を
「おーい、颯太。ちょっと来てくれ〜」と呼ぶ父の声に居間から出ていく。
残された母と凛、それに彩。よいしょ、と颯太が座っていた席に母が座る。
「彩ちゃん、ホントに大丈夫なの?」
「心配させてしまってすいませんでした。もう、だいぶ落ち着きました」
「それならよかったわ。でも、心配してるのはそのことだけじゃなくて、この先の話なの。こんな目にあったら、一人で過ごさせるのが心配なのよ」
「今からでも、彩姉もうちらと一緒に行こうよ〜」
「おばさん、凛ちゃん、心配してくれてありがとうございます。でも、やはり母を一人には出来ないので……」
「やっぱりそうよね…………あっ! どうせ颯太も残るんだから、彩ちゃんが面倒みてくれない?」
「えっ?」
「あの子、自炊も炊事洗濯も何にも出来ないから、家をめちゃくちゃにされるんじゃないかって心配なのよ。彩ちゃんがあの家に残るなら、あの子を彩ちゃんの家で面倒見てもらえないかしら?」
「まぁー、お兄ちゃん、あんなんでも、チワワとかよりはマシな番犬になるよ(笑)」
「でも、颯太にだって都合があるだろうし……」
「あー、そんなの気にしないでいいから。母としては、あの子がしっかり食べて元気にやっていけるか、どうしても心配なのよ。彩ちゃんが付いててもらえると安心するのよ。ねぇ、凛?」
「お兄ちゃん、ダメダメだからね。いっつもどうでもいいことに
「でも……」
「彩ちゃん。颯太ね、お父さんと約束したの。残るなら、必ず颯太と彩ちゃんと
「颯太がそんなことを…………わかりました」
「ほんと! ありがとう、助かるわ」
「でも、彩姉と2人でとか、お兄ちゃん大丈夫かなー? エッチだからねー」
「こら、凛。
「確かにー(笑)。むっつりスケベだもんね、お兄ちゃん♪」
「ふふふ(笑)」
「あ♪ 笑ってる、彩姉。彩姉もそう思ってるんでしょー」
そんな調子で、自分が居ない間に、彩の家で一緒に暮らすことが決まった。そして次の日に、親父も母さんも凛も家から避難していった。
最後に親父が言った。
「お前が決めたことだ。どんなことがあってもやり切れ」と。
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