§ 6ー2 2月10日 友情 ー別離ー
真正面から立ち向かえば、
どんなことでも変わるというわけではありません。
けれど、真っ向から立ち向かわなければ、
何も変わらないのです。
ジェイムズ・ボールドウィン (James Baldwin)
♦ ♦ ♦ ♦
--神奈川県・新横浜駅新幹線ホーム--
「颯太、これ」大きくなったバッグから取り出し、放り投げる。
「あっ!」投げたものを颯太は両腕でしっかり受け止めた。
腕を広げて確かめると、それはグローブでその中にボールが入っていた。
「また、キャッチボールしような」
「……そうだな」
「それまでにちょっとは練習しとけよ。ひどい暴投だったからな」
「しょうがないだろ。野球なんて体育でしかやったことないんだからさ」
「次は本気で投げるから、覚悟しておけよな」
「
よかった。ホッとする。以前と同じように会話ができて。あのときの
もう決心はできていたが、4年近く過ごしたこの街を出ていくのに
…………
昨年末に一度、熊本の実家に戻った。両親に現状と今後のことを話すためにだ。
緑に囲まれて、土の匂いが
元旦の初日の出は、初めて綺麗だと思った。
おせち料理の味が、こんなにも豊かだったのかと驚いた。
おやじと飲む
農作業の手伝いは、久々過ぎて筋肉痛になった。
成人式以来に会った旧友たちは、すっかり社会人になっていた。
夕暮れ時の
ここだけ惑星パンドラなんて接近していないような、変わらない平穏な日々。ニュースや帰郷したきた人たちの存在が、その事実を別世界の出来事のように伝える。
「なんにしろ、うちらはいつも通りに仕事をして生きていくだけたい」
そう言ったおやじの言葉が耳に残っている。上京していた間、『いつも通り』のおれでいたのだろうか? 自分の立場・責任に
自分の都合ばかりで生きていた。
この村では、みんなで一緒に生きている。自然に生かされ、その実りに感謝し、それを分かち合う。それが
いつしか日々に追われ、私個人で生活するうちに、そんな感謝や豊かさを忘れてしまったのではないか。
日が沈む。見え始めた星空は息を飲むほどに
…………
やり残したことを済ますために住み慣れたアパートに戻る。ベランダから見える星空は、まるで別の世界のように暗く
その次の日、久しぶりに彩に連絡をとった。今しかないと思ったからだ。うやむやにして、先延ばしにしてきたことに真っ向から向かい合えるのは。
「ひさしぶり、彩」
「久しぶりね、匡毅さん」
少し緊張した挨拶を済ませ、「少し歩こうか」と園内をゆっくりと共に歩く。冬の
緩やかな階段に「気をつけて」と手を差し伸べずに問うと、彩は「ありがとう」と微笑む。その微笑みに彼女もわかっていることを察する。
彩の笑顔はいつもどこか
公園の展望台。港を
「匡毅さん……」真っ直ぐこちらを見ている。
「匡毅さん、私……、颯太とここに居ることにしたの。お母さんが戻ってくるまで私はここに居なきゃいけないの。だから、ごめんなさい……」
丁寧にゆっくりと頭を下げられる。前で組まれた手先が震えていた。こんな思いをさせたかったわけじゃなかったのに。自分がやってきたことが今彼女に手を震えさせるような思いをさせてしまっていることに、拳を強く握りしめる。
「お、おれさ、熊本に帰ることにしたんだ。だから、謝らないで。どちらにしろ彩とはもう一緒に居れなくなるからさ」
言いたくない言葉だった。初めて会ったときから、ずっと好きだった。今でも好きだから、彼女を苦しめるような自分を受け入れなければ……
頭を上げた彼女。目が
ちゃんとしよう。最後になるかもしれないから、はっきり言葉にしよう。
「別れよう、彩。今までありがとう」
微笑んだ彼女に、
…………
動き出した新幹線の車窓から見える街は
『いつも通り』の自分ではなかったのかもしれないけど、精一杯生きたんだ。負け惜しみでもなんでもいい。前を向こう。
窓に映る顔には、涙が溢れていた。
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