§ 4ー5 12月20日 2つの約束
--神奈川県・生田家--
窓を打ち付ける冷たい雨。太陽も気落ちしてるように
過ごすことが多くなった自分の部屋。袋に入れたままのベースと、高校時代に弾き込んだギターに
椅子に座り、見ていたのはクッキーの空箱に無造作に入れられた写真たち。最近の学祭のライブのものから、幼稚園で魔法使いの
ふと最近の写真のほうが少ないな、と思う。そうじゃない。中学までの写真が多いのだ。そして、そこには
その内の一枚を手に取る。泣き跡が残る顔の彩と手を繋いでる写真。こんなこともあったな、と当時の記憶が
…………
たしか小学4年生の時だ。日曜日に公園で友達たちと缶蹴りをして遊んでいた。2人で物陰で息を殺して様子を
「よーし! 見てろよ、彩」と得意顔をする。
「
「こ、今度は大丈夫だよ!」とちょっと顔をしかめる。
「それも言ってたよー」と
「彩なんて何もしてないじゃん!」と、むきになる。
「んーー-!」と口を
「よし、今だ!」
オニが缶から離れたタイミングで走り出す。でも、「へへぇ」とオニ役の男の子が罠にかかったとにやけ顔をして缶のもとに走って戻る。「くそー!」と全力で走るも一歩及ばず「颯太、みーつけた!」と足を缶に乗せて宣言されてしまった。
もうちょっとだったのにな、としぶしぶ先に捕まった子たちのもとに歩く。座り込んで振り返ると、オニが油断した隙を彩が必死に缶を倒そうと走り込んできた。手をこれでもかと振りながら。「あ!」とオニも
擦りむいた彩の膝を水道で洗う。「うぅぅ」と
彩の家に着くと、彩のお母さんが「あらあら」と手当をしてくれた。心配する
手当が終わり、居間のソファーにちょこんと座る彩。まだ痛むのかな? と思い、手を取り「まだ痛いの?」と顔を見る。ううん、と小さく頭を振る彩。
「はーい、2人ともこっち〜♪」
そう急に呼び掛けられて振り向くと、パシャッとカメラのボタンを押した。
「撮らないでよー」と怒る彩に「ごめんごめん」とイタズラ顔で
そして
「
そう言われた時の彩のお母さんの顔は、陽だまりのように優しかった。
♦ ♦ ♦ ♦
思い出を振り返っていたところ「ご飯よー」と母の声に現実に引き戻される。
食卓には父が既に座っており、
準備が終わると母も席に座り、
「今日は店長に言って、鶏肉を確保してもらったのよー」
スーパーのパートを5年以上続けている母だからこそ許されることだろう。海外からの輸入が少なくなっている昨今、国内自給率が
真っ先に影響を受けたのはエネルギー資源だ。石油、天然ガスなど高騰が続いている。それに
食品も小麦や大豆、畜産物、海産物、農産物など価格がさらに値上がりし、品薄になっていた。それにより、食品を長持ちさせる保存法などがニュースやインターネットで多く出回り、人々はできる限り多くの食品を蓄えようとする思考に
「昨日は
「
「焼肉、お腹いっぱい食べたいなー」世の中が見えていない凛。
「母さんはタンがいいわね」現実逃避し楽しくなる母。
「私もー♪ お父さん捕まえてきてよー。昔、
「いいか? 猪の
「父さん。
いつもの食卓の
一番に食べ終わった凛が「ごちそうさまー」と席を立とうとしたとき、「凛。ちょっと待ちなさい」と父がそれを制止した。
お茶を一口
「颯太。凛。母さんといろいろ話したんだが、うちも近い内に長野の母さんの実家に一時避難しようかと思ってるんだ」
前のめりな姿勢で、指を交互にして握った腕で上体の重さを支える。その目は真剣だった。母さんも子供たちの様子を
「え! 何? 急に? いつ!?」
一瞬、
「こんなご時世だ。気が狂って何をするかわからん
「それで、いつ帰ってくるの!?」
「そんなことは、あのパンドラって星に聞いてくれよ。何もなければすぐに帰ってくるし、ダメそうなら向こうでしばらくお世話になることになるかな」
「…………やだ」
「ん? 凛? やだって言ったのか?」
「……だって、私はここから離れたくないもん!」
「そうだよな……。父さんだって、母さんだってそうさ。だから、帰れるようならすぐに帰ってくるつもりだから」
「……帰って来れるの?」
この凛の一言。その答えを知る者はいない。父も母も
「凛。颯太も。おれも母さんも、おまえたちがこれから先、何があっても護るつもりだ。これまでもこれからもな。父さんと母さんに任せろ。猪でもライオンでも倒してやるから」
微笑む両親。冗談めいた話をするのがたまにキズだが、父も母も心の底からの本心であることが伝わる。
だから……、そんな父と母の子どもだからと言い訳を作り、意を決する。
「父さん、おれは残るよ」
「……彩ちゃんだな?」
静かに
「彩はうちの家族なんだろ? 彩を置いて避難するなんて、絶対にできない!」
父の目を見つめ、前のめりになる。
「彩ちゃんも一緒に来てくれたらいいんだけどね。もちろん、佳苗さんもね」
母は何度も彩を生田家に
「彩は……、一緒には来ないよ。家にお母さんが帰ってくるのを待ってるからさ。それが
自分には解くことができない彼女の呪縛。今の未熟な自分じゃ役に立てない。それでも……
「颯太!」
名を呼ぶ父の目。その
「…………わかってるのか? お前、『人を護る』ということがどういうことなのかを」
「わかってる! 絶対にあいつを見捨てたりしないよ!」
「違う! そうじゃない。いいか、颯太。誰かを護るってことは、まずお前自身が強くあらねばならないってことだ! 何が合っても心が折れてはならないし、弱音を吐いてもいけない。そして、相手にも護ってもらう。お互いに助け合って、それで一緒に強くいられる関係を
「…………」
相手にも護ってもらう?
正義のヒーローに憧れていた幼少時代から、変わらない価値観だったものが揺さぶられた。
「父さんたちだって、お前たち2人に護られていたよ。成長する姿に元気を
「……分かるよ」
しかし、『分かる』と言うしかなかった。そう言わないとここに残れない。そんな心情は目を泳がせる。息子の顔を毎日20年以上見てきた父親は、その心の有り様を即座に
「……よし! じゃぁ、颯太。約束してくれるか?」
「約束? な、何を?」
「お前と彩ちゃん、佳苗さんもだな。3人も合わせて、また家族全員で晩御飯を一緒に食べるってな」
真剣な父の口元が少し緩んだ気がした。その表情から伝わってくる。
『お前も大切なものを護ってみろ。俺の息子なのだから』
そう心に言われた気がした。望むところだ! 元からそのつもりなのだから。
「晩御飯は焼肉にしてくれよな!」
お互いにニヤっと笑う。言葉以上に、目と目で約束を交わした。
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