§ 4ー3 12月16日 変わらぬ音
--神奈川県・某大学キャンパス内--
1限の臨床心理学概論の講義が終わり、2限は先週から引き続き休講だったので、颯太は学科の友人たちと別れて軽音楽部の部室に向かっていた。
大学キャンパス内もパンドラの接近による影響が出ていた。学生食堂は食材の供給不足と価格の
このギターのサウンドを出せる人は1人しか知らない。オサムさんだ。そのサウンドが
色が
…………
第2次ルードヴィヒ作戦が先日、失敗に終わったことが報道された。天体望遠鏡で撮影された黒き魔女パンドラの闇がただ深くなり、その衝突軌道に変化もなかった。
この結果の社会への副作用は見えないところで広がっていた。ネガティブなニュースがTVやネット・SNSで常に溢れ、それに
それ以外の人々も、感情的になりやすくなることが多くなっていた。少し気に食わないことがあると
治安の悪化は
…………
気づくと小走りになっていた颯太が、軽音楽部の部室のある部活棟の3Fに着くと、部室の外に久弥とてっちゃんが座り込んでいた。
「颯太~♪ おつかれぇ~」
変わらぬ笑顔の久弥と、
オサムさんたちの演奏を邪魔しない様に部室の外のひんやりとした廊下に、2人の横に座る。
「やっぱり、ライブやりたいよな〜」
久弥は
「落ち着いたら、絶対またやろうぜ。黒い翼は折れてないから!」
厨二病コメントに2人は笑顔になる。
そこからしばらく、3人の近況報告をして過ごした。
久弥は動画投稿を熱心に行なっていて、
てっちゃんは、ちょくちょくプロデビューした舞衣の
2人とも今後も高地に避難せずに、今の場所に
…………
話に盛り上がっていると、部室のドアが急に開いた。いつの間にか演奏が終わっており、ドアからはTシャツを汗びっしょりにしたオサムさんが出てきた。
「なんだお前ら、来てたなら入ってこいよー」
「ハァ……ハァ……あのバカ、3時間も、ハァハァ、ぶっ通しで、演奏しやがって……」
ルミ先輩がなんとか声を出すが、3バカの御三方は3人ともうつ
「「「……ジー……ザス……」」」
ガラガラに
……10分後。
冷蔵庫にしまってあったルミ先輩特性のハチミツレモンティーをがぶ飲みして、ようやく息も整い椅子に座れるぐらいには4人とも回復していた。
「まだ腕に力が入らないよ。あの野郎……、急に人を呼び出したと思ったら『練習するぞー』って……」
疲労
「ホントにお気の毒さまです。でも、久しぶりに先輩たちの演奏聞きましたけど、流石ですね。聞き入っちゃいましたよ」
「そっか、ありがとう。練習があまりできてなかったから腕が落ちたかな。でも、久しぶりに思いっきりドラム叩いてスッキリしたよ」
やっぱりこの人も音楽が心から好きなんだと実感させられる。心が少し
「で、お前たちはこの先、どうするんだ?」
これからの話。誰と話しても必ずこの話題になる。自分でも決めていないことを何度も聞かれると、さすがに
「俺とてっちゃんは残りますよー。颯太はまだ決めてないみたいですけど」
「そっか……。じゃぁ、次もこうやって会えるか分からないな……」
別れが増えた。それが日常になりつつある。電話やインターネットで間接的なコミュニケーションで
颯太はルミ先輩の声に
「また会えますよ、先輩。また学祭の時みたいにライブ、やりましょうよ!」
一瞬目を丸くした先輩は、目元を柔らかくした。
…………
話を聞くと、ルミ先輩も3バカの御三方も、どうやら今の場所に留まる意向のようだ。
ルミ先輩は都心が実家で、移り住むアテがないとのことだ。いよいよとなったら、その時には避難すると言っていた。
3バカは「どうせ終わるなら美しく終わろうじゃないか〜!」とミュージカルのような小芝居で格好つけていた。避難どころか南国の小島にでも行きそうだ。「そうですねー」と適当に
どうなるか分からない先の未来でも、この場所にまた集まれるかもしれない淡い期待に、颯太は気持ちのモヤが少し晴れた気がした。
そんなとき、また急に部室のドアが開く。汗だくだった先程とうって変わって、さっぱりした顔をしたオサムさんだ。よく見れば、着ている服も変わっている。
「フゥー、スッキリしたー」
伸ばしっぱなしの長髪がしっとりしている。いつものように、勝手に運動部のシャワーを浴びてきたのだろう。部室の椅子に座り、手にしたミネラルウォーターをグビグビと飲み干す。
「あれ、お前らは演奏しないの?」
「ヴォーカルがいないッスからね」
黒い翼を代表して久弥が答える。「あー、そうだったなぁー」と視線をゆっくり上に向けた後、流し目でこちらに視線を送る。
「そんなの別に関係ないだろ? 弾きたくなったら弾けばいいんだよ。型にこだわるなんてつまんないぞ」
オサムさんが言うことはまったくなのだ。ただ、舞衣がいない
引き
…………
オサムさんのギターのサウンド。初めて聞いたのは高校2年のときだった。好きだったビジュアル系バンドのライブに前座として出てきた、今では伝説的なバンドグループ『Made In Earth』。そのギタリストだったオサムさんのギターは圧倒的な存在感を放っていた。
その後、
必死に受験勉強に明け暮れ、なんとか合格して迎えた入学式。式の後に待ちきれずに足を運んだ『豪徳寺理』がいる軽音楽部の部室。そのドアに手をかけたときの胸の高鳴り。ドアを開けて目に入ったギターを持って
今と同じ笑みを浮かべていた。そのときの気持ちを忘れていたのかもしれない。
でも、そもそも何故、音楽に興味を持ったのか……。
このときの自分にはまだ思い出せずにいた。
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