§ 2ー8 7月7日① 物陰で揺蕩う煙
--東京都・居酒屋『
「みなさ~ん♪ お酒行き届いてますねー? それじゃ~、ライブお疲れさまでしたー! かんぱ~い♪」
調子よく乾杯の音頭をとる久弥の
覚えたてのビールの苦みには多少慣れてきたが、まだ好んで飲みたいと思うほどではなく、2杯目からはグレープフルーツサワーを注文する。解放感と充足感でみな自然とお酒が進んでいく。各々、和気あいあいと歓談を楽しんでいる。てっちゃんは酒が入ると普段は表情をあまり変えないのに、ニターッと笑うようになる。それを久弥が茶化してヘッドロックされている。
そんな姿をほほえましく見ていると、ライブハウス『クラブR』のロックで渋いナイスミドルだがお腹周りを気にしだしている館長の
「あ、お疲れ様です、鶴さん。今日もありがとうございました」
「いやいやー、エルノワール、評判いいよー」
「ありがとうございます。また夏休みにライブしたいと思ってるんで、そのときはよろしくお願いしまーす」
「OKOK♪ バッチリ空けとくから任せといてー」
鶴さんの低い声にはほろ酔いでも改まってしまう。それでも、飾ることなくエルノワールの良いところを
「今日もなんだけどさぁー。大手の○○レーベルの人来てたけど、颯太くんは知ってた?」
「え! あの○○ですか!? いやいや、初耳ですよ!」
「そっかー……。前のライブのときにさ、そいつが舞衣ちゃんのこと聞いてきたからさ。もしかしたら、何か接触してたりするのかと思ってさ」
「いや、ほんとに今知ったところでして。何も知らないッスね」
「あーそうなんだ……。ごめんごめん、変なこと言っちゃって」
「え! 鶴さん、どういうことですか? 何かあるんですか?」
「んー……そいつさ、いろいろなライブハウスでスカウトしてるので有名でさ。気に入った声のヴォーカルだけ引っ張ってバンドをめちゃくちゃにしていくんだよ。そんなんで解散しちゃうグループもあってさ、あんまり俺は好きじゃないんだよね」
気づいたら喉に渇きを覚え、ジョッキに残ったアルコールを飲み干す。とりあえず、舞衣の姿を探すが見つからない。トイレかと思って
◆ ◆ ◆ ◆
『酔って恋』の店の裏では、非常階段に腰を下ろしメンソールの紙タバコをくゆらせている舞衣がいた。
そんなどこか
「……おつかれ、舞衣」
「ん、あー、おつかれ、颯太」
いつもと違う。話題を探す。鶴さんの話を聴いたからか舞衣との距離間が微妙に狂っているように感じる。
「……どうした? ライブ疲れたのか?」
「もう、ぐったり。でも、ライブはすっごい楽しかったよ。やっぱりうちらのバンドはサイコーだよ♪」
言葉には
「颯太も吸う? ほら」
差し出されたタバコ。慣れない手つきで1本取り出し口に運び、少し固めのライターで火をつける。
ッ! ケホッケホッ!
「驚いたー。ホントにタバコ吸うとは思わなかったよ。初めて吸ったの?」
「ケホッ。いや、前にちょっとだけ試したことはあるんだけど、ケホッケホッ、やっぱりおれはダメっぽい」
「ねー、颯太はさ、なんで彼女と別れたの?」
「は? なんだよ急に」
「っていうか、なんで付き合ったの?」
「だから、なんでそんなこと聞くんだよ!」
「いいじゃん、もう。別れて半年以上経つんだからさ。話したらスッキリすることもあるんじゃない?」
「まぁ、もう気持ちの整理はついてるんだけどな。それに別れた理由は結局わからず
多少酔っていたのもある。舞衣に話を聞くのに、こちらのことも話をしたほうがフェアーなような気もした。ライブが終わった開放感も手伝い、ありふれた何処にでもある失恋話を初めて人に話すことになった。
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