間章 相談事#1

第21話 五つは多い

「ところでN、仕事とは別にちょっと相談事があるんだが」


「奇遇ですね先輩。私もちょうど先輩に相談したいことがありまして」


「ふむ。先に聞くか。言ってみろ」


 俺は脇に避けてあった椅子に腰掛け、Nに先を促すと、同じように椅子をすすめる。


 俺までサンドバッグに興味を持っていると思われるのはいかんともしがたい。


 ハンドタオルで流れる汗を拭いながら、Nは言う。


「五つってちょっと無理があるかなって最近思います」


 Nがそう切り出したのは、俺が相談しようと思ったことだった。


「俺も同じことをいおうと思っていた。やはり無理があると感じるか」


 確かに訓練という意味では五つくらいこなせと思わなくもないが、くくりとして掌編をうたっている以上、あまり文字数を伸ばすわけにもいかない。


 今の俺達にはかなり難しい現状となると、改善するには文字制限を取り払うか、指定数を減らすかの択になる。


 どのみち無理やりこなしているのには変わりはないのだが、こちらとしても消化不良を感じるのは否めない。


 書こうと思えばいくらでも書けそうだからだ。


 それを端的にまとめ、伝えるすべを鍛えるための訓練ではあるのだが……


「このままだとお互いモヤモヤしちゃうと思うんです。だから、伸び伸びやりませんか?」




 現状だと、平均するとひとつにつき二百文字となる。

 

 原稿用紙にして二分の一枚といえば結構書ける気もするが、実際書き出すと、二百文字など一瞬で過ぎ去ってしまう。


 物事を少しでも深く伝えようと思えば、例えを挙げ、前後を整え、ある程度会話も散りばめ、次に繋げるといったことを繰り返す必要がある。


 本当になんでも良いのなら、単純につなげてしまえばいいのかもしれないが、それでは訓練にはならないし、そんなものを見ても面白くはないだろう。


 実際この時点で七百文字を超えている。


 俺の主観で物事を語っている以上、Nの内面に関しては想像するしかしようがないのだが、そうすればまた字数は増えてしまう。


 結果として、今の技術では全体的に投げっぱなしの石ころのような印象を受ける文章になる。


 こうした制限の中でも、うまくまとめ上げる技術を伸ばすための物語ではあるのだが、そもそも現状ではまったくそこまで至れていないのも事実だ。


 不甲斐ないが、発想と技術力の足りなさが浮き彫りになってくる。




「Nの提案だと、結局は掌編というくくりを取り払うということか?」


「そうですね! いくら掲載場所がWebとはいえ、千文字だとちょっと物足りないと思うんです」


 それは最初の段階でも話には出た。


 おおむね読まれやすい文字数をざっくりと調査し、平均して二千文字ちょっとくらいの文字量が、いわゆる『読みやすい分量の文字数』らしい。


 このあたりは、個人の感性やその人の読む速度にもよるところが大きいのだが。


 俺個人としては、面白い文章は大量にいつまでも読みたい派なので、一話あたりの文章量はいくらでもいい。


 マイノリティであることは理解している。


 少し話がそれてしまったが、Nの提案である文字制限を外すという試みについては、却下としたい。


 俺個人の好みとは相反するのだが、制約の中でより良いものを生み出すための訓練だからだ。


 部下に正しく上司の意図、思いを伝え、納得させた上で仕事に挑ませることは上司の努めだ。


 嫌々やらされているうちは伸びないし、できあがる物も品質が落ちてしまう。


「物足りないのは理解できる。俺もボリューム過多くらいのほうが好みではあるからな。だが、本企画の根本として、『短い文章で的確に状況を伝えて共感を得る』。または、『少しの文章でも読後に余韻をもたせたい』という欲求を満たすための技術を磨く訓練というのが前提だ。だから、文字制限を取り払ってしまうと、この前提が崩れてしまう。よって、やるなら指定数を減らす方向で考えたい」


 そういうと、Nの目をじっと見る。


 説得力が必要な場面で相手の目を見て話すのは、基本中の基本だ。


「なるほど。確かにそうですね! 私の欲望全開に過ぎました!!」


 N自身が聡いため、こちらの意図を汲み取って会話が進められるのは気持ちがいい。


 Nの目がギラついてきた。いい方向に食いついたようだ。


「ということは、いくつにするか、ですよね」


 まったくもってそのとおりだが、一つ減らしたところでそう改善されるとも思えない。


「最低でも二つは減らしたい。だが、ひとつだけというのも味気ないだろう」


「そうですね。たったひとつを掘り下げるのも悪くはないんですが、やっぱり偶然が生み出す筋道の転換とか、どうやって繋げればいいのか悩むときとかも楽しいですもんね」


「そういうことだ。だから、結局は二つにするのか三つにするのか、という相談になるな」


「先輩はいくつがいいと思ってるんですか?」


 Nがなぜか鼻息荒く聞いてくる。


 なにに興奮しているというのか。




 俺たちは小さい頃、文章は起承転結を考えろ、とよく言われた。


 だが、昨今では起承転結ではストーリー構成が弱くなる、という話もよく上がる。


 ストーリー構成をイチから勉強するなら、三幕構成のほうがしっくり来るかもしれない。


 このあたりは、ググってみればいくらでも出てくるのであえては語らないが、そもそも俺たちにストーリー構成を考えて物事を進めているか? という疑問も多分に残る。


 難しいことはさておき、俺個人としては純粋に多いほうが面白くなるんじゃないかと思っているから、二つか三つかと問われれれば――


「俺としては三つにしぼりたいと思っている」


 こうなる。


 そもそも、五つできちんとこなせるのであればそれに越したことはなかった。


 ただ、技術が追いつかずに、結果として支離滅裂な……とまではいかないかもしれないが、なにが言いたいのかわからない文章が出来上がっていたのは事実。


 まだ諦めるのは早いだろう。


「わかりました。そもそものコンセプトから行けば、少ないより多いほうが何かしら化学反応が起きる可能性もありますしね」


 なぜだかNが悪いかおをしている。


 先程から、Nの反応が謎にすぎる。


「次からは任せてください! きっと先輩も満足いくものが出来上がると思いますよ!!」


 どこからその自信が湧いてくるのかは不明に過ぎるが、やってみて、やらせてみるしかない。


「では、次からは三つということでいいな?」


「ハイ!」


 相変わらず返事はよく、目力もすごい。


 とにかく、Nとの合意が取れたので、次からは三つで進めようと思う。


 仕事の合間や仕事中などにやっているため、すでに頻度も保ててはいないが、気楽な気持ちで続けていきたい。

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