第20話 フローラル・ゲーム音楽・動き回る・安心感・評判

 フローラルとは、『花のような』や『花を使った』という意味の言葉だ。


 クライアントが、この単語とゲーム音楽を紐付けて曲にしたいと言ってきた。


 花のようなゲーム音楽、となるがこういった感覚的な調整は難航することが多い。


 花をひとつとっても、その種類や形状、香りについても多岐にわたり、その中からクライアントの望む花をピックする必要がある。


 さらに、クライアントがその花に感じたイメージを音楽というまた無形の(楽譜はあるが)ものに仕上げる。


 感性は人によって異なるので、クライアントの要望のみにマッチしたところで、そのゲームをプレイした人にとって花が感じられるかはまた別の話になる。


 とはいえ、俺の部署で音楽を作るわけではなく、この要望を叶えることができる作曲家を見つけて交渉し、クライアントに引き合わせるのが今回の仕事だ。


 人と感性に掛かる仕事となるため、Nの得意分野ではあるのだが……




 任せようと思っていたNを見やると、ため息しか出ない。


 全面ガラス張りの会議スペースにひとり閉じこもり、右に左にと動き回っている。


 会議スペースの机を端によけて、真ん中にできたスペースでサンドバッグに蹴りを叩き込んでいる。


 どうやってサンドバッグを吊るしたのかも謎だ。



 ハラスメントや不正防止のためにガラス張りではあるが、防音性は高いのでまったく音は聞こえてこない。


 近づきたくなくてしばらく見ていると、動き回って熱くなったのだろう。服を脱ぎだした。


 先日注意したばかりだと言うのに、黒い薄手のタンクトップ一枚だ。


 胸元が寂しいので大事には至らないだろうが。


 気になる点としては、背中側に大きく天の文字が穿たれていることだろうか。




 とくに妙案が浮かぶわけでもないので、諦めてNの元へ向かう。


「あ、先輩! 見てくれましたか私の前蹴り!」


「このクライアントの案件なんだが、お前が適任だから任せたいと思う」


 蹴りの感想を聞かれたが完全に無視してこちらの要件を伝える。


 唇を尖らせ、恨めしげに俺を見てきたが、知るか。


「もー先輩つれないんですから……それってお花の音楽の仕事ですか?」


 昼間からサンドバックを蹴りまくってるくせに、部署の仕事をだいたい把握している優秀なNに腹が立つ。


「無名ですけど、Rって作曲家さんにおまかせできると安心できますね」


 安心感か。


 この手の仕事は言ってしまえばただのマッチングだ。


 マッチングさせたあとにトラブルを持ち込まれることも多い。


 そんなマッチングに対して、対人スキルの高いNが安心できるというなら信じられる。


 その程度には評判が上がってきているし、俺の評価もおおむね同意だ。


「わかった。一度その作曲家を連れてきてくれ。念の為俺も面談しておく」


 主題はこれでいいとして……最近思うことをついでにNと相談してみることにした。

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