第19話 低空飛行・半袖短パン・蛍光灯・挨拶代わり・無毒化

 最近Nが低空飛行している。


 比喩的なものではあるが、Nの狂った感性があまり表立って出てきていない。


 Nがまともなおかげで、ただそれだけで毎日が充実するという事実。


 それは確かに平和なことで、心の安寧に貢献してはいるのだが、俺も毒されてしまったのか、そんな日和ったNに対しては物足りなさを感じてしまう。


 別にただの仕事仲間であり、部下のひとりなのだから、悪目立ちするような立ち回りはしないでくれたほうがいいに決まってはいるのだが。





 突然バランスは崩される。


 Nが半袖短パンで出社し、一心不乱に蛍光灯を取り替えだした。


 そもそも、うちの会社はスーツ出勤が義務付けられているわけではないが、体外的な対応が多い俺の部署ではスーツ姿が目立つ。


 Nも昨日まではごく普通のパンツスーツだった。


 胸元が貧相なNではあるが、スタイルはいいため、若々しい肢体を惜しげもなくさらされれば目が行ってしまう。


 他の部下たちも、見るともなしにチラチラとNへ視線を奪われている。


 同僚の生脚はそう頻繁に目にするものではないので、余計に目が行く。


 控えめに言っても迷惑だ。ここは注意が必要だろう。


 セクハラと言われてしまうかもしれんが。


「N、ちょっと会議スペースまできてくれ」


「ハイ!」


 なぜか目を輝かせて鼻息を荒くしている。


 なんなんだこいつは……




 会議スペースに移動した俺と鼻息の荒いNは、差し向かいで席につく。


 挨拶代わりに同僚の視線について聞いてみる。


「同僚からの視線が気にならないのか? それともわざとか?」


「なんのことですか?」


 天然か。


「妙に濁して伝えても誤解が生じるかもしれんから率直に言うが、肌を露出しすぎだ。他のメンバーの仕事効率が落ちている」


 そういうと、Nは自分の格好を確認する。


「――ボディペイントしたほうが良かったですか?」


 なぜ普通に服を着るということが発想できないのか。


「そうじゃない。お前のも自分の容姿に関して自覚はあるだろう。部署的に服装に関するルールはほぼないが、チームとして効率が下がるのを立場上看過できん」


 少しニヤついてやがる。


 確かに面と向かって容姿を褒められれば、大抵のやつは嬉しいだろう。


「そもそもなんで今日はスーツじゃないんだ」


「あー実は今朝出勤途中で急に……」


 珍しく言い訳か。とりあえず聞いてやることにする。


「急に露出したくなりまして。 流石に往来で脱ぐわけにもいかないので、せめて四肢だけでもと思いまして」


「死ね」


「それは冗談なんですが、通勤中に散歩中の犬と喧嘩になっちゃって、スーツがボロボロになっちゃったんです。持ってた着替えがこれしかなくて……」


 最初からそう言えといいたい。


「最初からそう言え」


 いってやった。


 俺はため息を付いて財布から万札を出し、Nに渡す。


「とりあえずこれでもう少し露出を押さえた服を買ってこい。別にスウェットとかでもいいから」


 これで目に毒な脚線美を無毒化できる。


「ありがとうございます! 先輩に服を買ってもらうとかすごく嬉しいです!! 大事にしますね!!!」


「金は後日でいいから返せよ」


 Nは少ししょんぼりして会議スペースを出ていった。

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