2つ目の5話

第16話 ハザードマップ・裁判所・ツーアウト・厚化粧・定期考査

 Nがハザードマップをデスクに広げ、睨みつけている。


「なにか気になるところでもあるのか? 更新されたばかりだからそれなりの精度だと思うが」


「あ、先輩。この裁判所の近くなんですけど」


 Nはそう言いながらハザードマップの左端を指差す。


 たしかにそこは裁判所だが、薄いオレンジで若干洪水被害が出そうな表記になっている。


 そこに注釈で朱書きがあり、カタカナで「ツーアウト」とある。


「……ツーアウトってお前これ2回目じゃないか」


「仕方ないですよ。引き直しなしってことなので……」


 まぁいい。


「で、そのツーアウトがどうしたんだ」


「いえ、どうせなら私の力でハザードマップを書き換えたいなぁと」


 またワケのわからないことを言い出した。


 そもそも、ハザードマップは国土交通省が出しているものが公的なものだが、かなりの精度を保っている。


 それに加え、自社で多角的な調査から情報を足し込み、精度を上げているものが張り出されているハザードマップだ。


 相手は自然災害なわけで、おいそれと個人の力でどうにかなるものではない。


「たとえばここのコンビニ横ですけど、地下水路までの距離が浅くて、こっちの川が氾濫したときに汚水を処理しきれないからって理由で黄色にしているじゃないですか」


「あぁ。地下鉄が走っている影響で、それ以上下に下水路を移せない」


「確かに下水路は移せませんが、要するに川さえ反乱しなければいいワケで」


 そううまく行かないのが自然災害なワケで。


 そもそも、最近の氾濫させないための方針は、川をコンクリなどで塗り固めるのではなく、大きく余裕をもたせて、増水時に貯水されるような方式を取られることが多い。


 この地図を左右に分断する川は、そういった貯水するための余剰な土地を確保できるスペースもない。


 つまるところ、マップ上で色濃くマークされている場所で、この川は氾濫する。


「地面の下って、私達が知らないだけで色んなものが埋め込まれてますよね……本当に大事なことを覆い隠して。まるで厚化粧です」


 言い得て妙だが、その厚化粧を落として塗り直すには莫大な費用がかかる。簡単には行かない。


「まぁコンビニ横は仕方ないんですけど、この裁判所ですよ。ここも結局河川の氾濫に巻き込まれる形だと思うんですけど、この裁判所の地下ってアレですよね」


 Nが言いたいことは見えた。


 公的機関の地下には、公にされていない地下空間が確保されているケースが、ままある。


 古き良き昭和の名残になるのだが、いわゆる隠れシェルター的な空間だ。


 Nが指し示す裁判所の地下には、たしかに広大な空間が確保してある。


 河川が氾濫しそうな際に、そのシェルターに反乱した水を流し込む水路さえ確保してしまえば、この辺り一帯は河川の氾濫から救われる。


 が、ここにはさすがの我が社も手を出せない。ここはNをなだめておく。


「言いたいことは分かったが、それ以上はやめておけ。この場所はとくに声が響きやすい」


「定期考査で書いてもらっても構わないんですケド」


「俺に部下を吊らせてくれるな」


 変なやつとは言え部下は部下。守ってやるのが上司の努めだとは思っている。

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