第8話 豚に真珠・秋祭り・杞憂・社員証・コマンド

「Cast not pearls before swine……」


 Nが職場では不適当な、恍惚な表情でスマホを見ながら何やらつぶやいている。


 マナー違反と思いつつ、Nの画面を覗き込むと、そこには真珠の鎖で縛り上げられた豚の画像が表示されていた。

 確かに豚に真珠的な意味を押し付けられる画像ではあるが、働け。と言いたい。


 あとその表情はやめろ。



 最近Nが働いている姿をまともに見ていない気がする。


 その割にNが携わる各種プロジェクトの遅滞は見られないのが謎なのだが。


「swineって豚のことなんですね。知りませんでした。日本語は語彙が多くて難しいって聞きますけど、多言語も大概ですよねー。勉強がはかどらない人の言い訳なのかな?」


 たしかにそういう話は聞いたことがある。


 先の豚にしても、pig、hog、sow、boarなど色々。もちろんニュアンスや意味は少しずつ違うのだが、日本語だと『豚』に装飾が付く。

 例に挙げた豚という単語も、(家畜の)豚、(オスの)豚、(メスの)豚、(野生の)豚と行った感じだ。


「来年の秋祭りの企画、草案を頼んだがいつごろできる?」


 豚について頭に浮かんだことは口にせず、Nの話もすべて無視して仕事の話を振る。


「あ、もうできてます。銘柄豚を全種類集めた食べ比べにしようと思ったんですけど、数が多すぎて現実的じゃなかったです。結局ご当地豚の丸焼き祭りでまとめました」

 いつ草案をまとめたのかが不明だが、仕事に対する心配は杞憂に終わったようだ。


 ふとしたことで垣間見えるNの生態に不安は募るが、会社からすれば、新人でマネージャー並みの仕事と実績を上げている超絶有能社員に見えるのだろう。

 球技大会以降、とくに会社からの圧がすごい。


 そんな仕事超人なNだが、先日入館証をなくしてしまうというベタなセキュリティ事故を起こし、クビにするわけにも減給して会社をやめられても困る俺の上司が(Nにとっても上司だが)命じたのが、とくに意味のない安山岩の手削り作業だ。

 むしろそんな無意味なことをやらせるより、さっくり2、3か月減給という方が分かりやすく事の重大さが認識できると思うのだが。



 Nに対して、流石にまだ信頼は出来ないが、ある程度信用して仕事を任せることはやぶさかではなくなってきた。


 ただし、結果に至るまでの過程や、普段の思想がちょっと常人離れしている点には留意したいが、あらかじめプログラムされたコマンドを打ち込めば答えが帰ってくるロボットのような奴よりよっぽどおもしろいとは思う。


 真珠に縛り上げられた豚の画像で恍惚とできるようなやつは、ちょっとどうかと思うのだが。

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