第545話 とにかく観光!

 カン。と打ち合う音。

 コレが『潮騒の国』の親しい挨拶なのだと教えてもらう。

 お互いの商売道具となる手を不用意に傷つけないように手首に巻いた環を打ち合わせるという説明を商店主に教えてもらったネアですよ。商店主さんともご挨拶しました。

 凝った物になると音を響かせる細工が施されているそうです。

 つまり、挨拶が鳴り響く賑やかさと言えるワケですね。

「親しい者以外への警戒心がつよい」

 ガジェスくんがぽつりとこぼしてます。

 トルファームの人たち基本的に人懐っこいですからね。余所者をさほど余所者として排除しないというか、あ、ティクサーは人が減りすぎていてまだ流れ者の町ですから町独自の選別とかはないと思います。たぶん。

 むしろ、国内で『来るな』と排除されるのが王族だというシマツですからね。

 迷宮にとって侵入者は潜在的外敵ですから警戒監視排除は基本です。ひとつの国、町にとって旅人は警戒すべき潜在的外敵なんでしょうね。

 冒険者なんて過剰戦力だったりしますし?

 ひとりで国を滅ぼせるか。と言われれば地元冒険者もいるでしょと思う反面、できなくはないかなぁとも思うので警戒は正しいんだと思います。

「今日も『環礁迷宮』に潜るのか?」

 おっさんに聞かれて私は否定します。

 ええ。だって。

「今日は観光日です」

「かんこうび。観光か。迷宮前の海は朝焼け夕焼けがきれいで若いのが時々来てるぞ。岩場で滑りやすいから危ないんだが死角が多くて人目を避けて雰囲気を盛り上げるのがいいらしい。あぶないんだけどな」

 あぶない二回も言いましたね。

 所謂、ちょっとイイ逢引き場所ってことですね。

「あ。ソコ捕食するにはいい海藻が多いって言われているスポット」

 エイルさんによるグルメ情報? 珍しくないですか?

 聞くところによると岩場の下に雑食性の魔物(栄養が豊富で美味しい)が群れているそうです。もっちりしていて美味しいと聞いたら採りに行きたいのは当然でしょう。美味しい魔物。

 雑食性の魔物だそうですが攻撃性は低く、『死体喰い』と呼ばれる環境下支え生物だそうです。死体を分解し美味しく他生物に捕食されることで魔力の循環を担っているのでしょう。

 ……死体喰い?

 つまり、美しい景観の下には陰鬱な惨状が?

「あら。とりあえずは美味しい魔物ね。攻撃性はないし。ヒトは足に絡みつかれるとその吸着力に負けるそうだけど」

 それはまさに犯行の共犯者。見事な隠蔽では?

「愛憎劇が繰り広げられてそうですね」

 コレきっと元の世界でならいもうとに嬉々として突き落とされた案件では?

 ああ、あの子は実行犯にはならないからないかな。

 即後ろに落ちてきた植木鉢も、押された時に支えてくれなかった手すりが崩れた時もあの子は少しはなれた場所から駆けてきて心配してくれたから。

 そして心配させる私が責められて……犯人とか原因追及とかが一切行われないのがいつもだったんだけど、今、気がついたのだけど、おかしいことだったのでは?

 いもうとを心配させて安心させない私が責められていたのは普通ではなかったのでは?

 今さら考えてみても仕方のないことなんでしょうけれど。

 とにかく、観光に行くんですよ。観光!

「嬢ちゃん、行くんなら適当につまむネタはその辺で買って行きなよ」

「おさかな系のおすすめ店を教えてください」

 屋台のおじさんに提案されたので要望を伝えてみました。

 気をかけてもらえるのは、ええ。確かに嬉しいのです。

 いもうとのそれはそう思えなかったのに今気がついたんですよね。

 なんだか気が重いです。

 どーしよーもないことなので考えません。

 美味しい物を買って綺麗なものを観たいですよ。

 本当にすべて切り捨ててしまえればいいのに手放すこともできないんですよね。

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