第530話 迷宮主からの誘惑独白

 ガナスティリアともうします。

 帝国領の外れに居る迷宮の主であります。

 かつては一介のただの女でありました。

 わたくしの魂はマジリモノと呼ばれ純粋にこの世界のモノではないそうです。

 ただの女として生きていた時もわたくしはある場所に愛着を持てず、生きることに執着することも死を望むこともなく無感動にただありました。

 死を望んでいなかったとわかるのは誰かと触れ合い誰かの温度と鼓動を感じるとふわりとあたたかな心に浸れるからでしょうか?

 その感情はわたくし、好きと言えるのです。

 ですからわたくしは他者の温度息吹きを感知するために素体を組みました。

 わたくしはただの女ですからそれ相応の。

 迷宮関連者からの好奇の目を人の身で迷宮を行く度に感じておりましたが、迷宮からはある時まではとんと声掛けはありませんでした。

 ただよくスキルギフトがドロップしましたのでそっと身につけてゆきました。

 わたくしはただ弱き魔物のみ叩く荷物持ちにすぎなかったのですから。

 わたくしを雇っていた男はわたくしを迷宮に置き去りました。嬲られた血臭で魔物を呼び寄せ雇い主達は逃げ延びるのだとわたくしの足を切っていかれましたから。

 ええ。きっと無事に逃げおおせたことでしょう。

 わたくしは他者の気配が失せてから気配遮断し、治癒スキルで動けるように調整し、迷宮を進んだのです。

 瑣末な魔物からあり得ないようなスキルギフトを贈ってくれていたのは迷宮主だと思い、わたくしはせめて一言告げたくて足を進めたのです。

 ええ。

 今はわたくしが迷宮主ですね。

 わたくしはもとはマジリモノのただの女です。

 ですから、あなた方ともおはなしをいたします。

 わたくしはマジリモノ。

 かつて迷宮主はわたくしがマジリモノであるから好奇心を抱き、呼び寄せたのです。

 迷宮は、マジラヌモノに声をかけないのです。

 マジリモノであるならわかるでしょうか?

 そう。例えるならば、……常在菌や微生物を気にかけ声をかける物好きはそうそうはいないでしょう?

 もし、あなたが菌や微生物の姿に愛を感じ愛でるとおっしゃるなら、ええ。ごめんなさい。

 声を聞く神子?

 ええ。

 おりますね。

 ですから物好きは少数なりとも存在するのですし、わたくしのようなマジリモノはマジラヌモノも等しく興味なくも寂しさを紛らわせるものなのです。

 わたくしのようなマジリモノにはマジラヌ迷宮主の嗜好も解りかねますしね。

 ただ、わたくしのようなヒトからのぼりし迷宮主は言葉を交わせるものではあります。

 元ヒトである迷宮主は他の迷宮からは軽んじられますが同時に興味も持たれます。ですのでわたくしは迷宮たちがヒト個人に興味がないと感じているのですよ。

 無論、魔力を循環させる流動魔力としてヒトは有用であると理解はありますよ?

 わたくしがこうおしゃべりな理由ですか?

 それはわたくしがヒトとの触れ合いがなければ寂しく思うからです。

 できればマジリモノ、そして高く練られた魔力、贅沢を望めば異性。それがわたくしの孤独を癒してくださる。

 わたくしに触れてそのぬくもりをわけてくださいませ。

 わたくしは出来うる限りの快楽の夢を差し上げましょう。

 あなたがわたくしを満たすならあなたの夢を迷宮をもって叶えてみせますわね。


 赤のマジリモノ。


 さぁ、あなたの望みはなんですか?

 わたくしガナスティリアが力を尽くしましょう。



 あなたの魔力に沿う限り。


 わたくしを、心を身をあたためてくださいませ。





「えっと、僕としてはひととき貴女のさびしさを紛らわせるのはかまわないんですが、特に僕個人には望みがないんですよね。帝国からも特になにか指示を受けている訳でもありませんしね」

 赤い髪を揺らす少年はゆっくりと迷宮核に手を伸ばす。その肩にのる赤い竜(迷宮主の分体でしょうね)の個体が威嚇してくる。

 ええ。

 わたくしが終わるのもまたかまわないでしょう?




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