第519話 タタンさんのエスコート

 というわけでというか理由があるわけではないんですがトルファームに訪れた迷宮管理者ネアですよ。

 ステータスカードを『ネアリー・ウーガン』で作成してみました。愛称はネアですよ。

 とりあえずは『回遊海原』をぶん殴りに行こう企画ですね。はい。

 アトマちゃん元気かなぁなんて考えながら唐黍畑の広がるあぜ道を進みます。ところどころにある薮と草地には喧嘩っ早そうな兎がちらほらあぜ道をうかがっているのがわかります。

 蜥蜴革のサンダルはそれなりに頑丈ですが齧られれば破れるので注意は必要でしょう。そしてあいかわらず。


『回遊海原』

 迷宮支配しますか?

 Yes

 No


 と選択肢プレートを浮かべてきますよ。

 むしろなんで『私』に下っていないんですか?

 とりあえず『no』ですけどね。

 何度も選択肢プレートを出すんじゃありませんよ。

 もう。

 トルファームは唐黍畑が広がっているのでものすっごく視界が悪いです。

 生えている唐黍はタガネさんよりその丈があるのですから。

「お久しぶりですね。ネアさん。トルファームへようこそ」

 ……。

 商業ギルドの事務員……えーっと。

 頭部が長毛犬なこの人は、知っている。知っているの。ちゃんと覚えてはいるんですよ。かなりお世話になった人だし。

 アトマちゃんの『オニイサマ』(兄ではない)なおひとだよね。

 ええ。お名前が出てこないだけでタガネさんのお友達でもありましたよね?

「商業ギルドのタタンですが、忘れられてしまいましたか?」

 ああ!

 そうです。タタンさん!

 タタンさんですよ。

「えっと、お名前を失念しておりました」

「ずいぶんと久しぶりですからね。また水を売っていただければ良いのですが」

 差し出される手をじっと見下ろしてしまいますよ。犬の足ではなく人の手ですね。以前はなんとも思っていませんでしたが些細なことが気になりました。

 いえ、そんなことより対応しなくてはいけません。

 私も子供ではありませんからね。ちゃんと対応できると思うのですよ。

 ええ。たぶん。

「私は『ネア・マーカス』ではないのですよ?」

「ですが、ネアさんですよね? すこし詰めの甘い、美味しいものが好きなタガネが連れていたお嬢さん」

 あ、はい。

 その通りですね。

 え。

 タタンさんに詰めが甘いって思われていたんですか?

「詰めが甘いというより、魔力に甘えてぬかりが多い箱入りお嬢さんと思っていました。すこしは成長されましたか?」

「まだまだぬかりの多い生き様ですね。偽りは罪に問われますか?」

「いいえ。今のステータスカードをもとにあらためて商業ギルドに登録していただければ問題ありませんよ。ネアさん」


 ギルドの位置は変わっておらず、食堂兼宿屋への手続きも商業ギルド登録も実に手際よくタタンさんが取り計らってくださいました。

 自分でもできたと思うんですが、楽に流れましたよね。

 以前樽ががっつり置かれていた厩のあたりは水路がかなり整備されていましたし、低い茂みや花が揺れる草が揺れています。

 主要路は記憶より高い?

 道の下に水路をひき、石畳みで覆っているとタタンさんが説明してくれましたよ。ああ、露出している地面が減っているのですね。地面が露出している部分には草が揺れていますから土埃もたちにくいのでしょう。

 あれから迷宮はこの地にあるため、発展資金と人材が潤っているそうです。景観用の草花の手入れが行き届いている理由ですね。

 人通りは多いようで賑やかだと思います。ただ、やはりどこか違う気もしますね。

「主要路は大店やギルド、冒険者用の宿が主流になってしまってもともとの住人はすこし奥まった場所を生活圏としていますね。この辺りで駆ける子供たちはめっきり冒険者見習いばかりになりましたよ」

 ああ。地元のおばさんやおじさんが少ないのです。

 露店や店先にいた子守りをしながら店番をしているという生活感が減っていたのだと気がつきました。

「裏に行けばさほど変わりませんよ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る